雄英体育祭当日。
控え室は、朝からどこか
落ち着かない空気に包まれていた。
広い部屋の中には、
体操服姿のヒーロー科の生徒たち。
椅子に腰かけてじっとしている者もいれば、
そわそわと歩き回る者、
入念に柔軟をしている者もいる。
それぞれがそれぞれのやり方で、
これから始まる大舞台を迎えようとしていた。
(いよいよだ…)
胸の奥がじんわりと熱くなる。
テレビの前で何度も見てきた雄英体育祭。
その舞台に、今度は自分が立つ。
そう思うと、自然と背筋が伸びた。
そんな中、教室の中央で飯田くんが、
ぐっと前に出る。
「皆んな 準備は出来てるか!?
もうじき入場だ!!」
委員長らしく、しっかりとした声で全体を見回す。
その声に、あちこちから返事や
笑い声が返ってきた。
「コスチューム着たかったなー」
芦戸ちゃんが頬を膨らませながらぼやく。
体操服の胸元をつまみながら、
不満そうに揺らしている。
「公平を期す為、着用不可なんだよ」
尾白くんが落ち着いた声で説明する。
「ちぇー」
芦戸ちゃんはさらに頬を膨らませた。
まるで風船みたいにぷくっと丸い。
(かわいい)
思わず笑いながら手を伸ばす。
膨らんだ頬を、つん、と突っつこうとした――
その瞬間。
「緑谷」
低い声が控え室に響いた。
思わず手が止まる。
声の主は――轟くんだった。
(あれ)
珍しい組み合わせだ。
控え室の空気が一瞬止まり、
自然と皆の視線がそこに集まる。
「轟くん……何?」
緑谷くんが少し警戒したように答える。
二人はこれまでほとんど会話をしていない。
「客観的に見ても実力は俺の方が上だと思う」
いきなりの言葉だった。
「へ!?う、うん…」
緑谷くんが目を丸くする。
轟くんは淡々と続けた。
「お前、オールマイトに目ェかけられてるよな。
別にそこ詮索するつもりはねえが…
お前には 勝つぞ」
一瞬、控え室が静まり返る。
すると――
「おお!?クラス最強が宣戦布告!!?」
上鳴くんが思わず声を上げた。
その横で、爆豪くんが露骨に舌打ちする。
明らかに面白くなさそうだった。
切島くんが慌てて間に入ろうとする。
しかし轟くんはそれを聞かなかった。
「仲良しごっこじゃねえんだ なんだって良いだろ」
その言葉に、緑谷くんは少しだけ黙る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……轟くんが何を思って、
僕に勝つって言ってんのか…は、
わかんないけどそりゃ君の方が上だよ…、
実力なんて大半の人に敵わないと思う…、
客観的に見ても…」
言葉を選びながら、ゆっくり話す。
その様子に切島くんが苦笑する。
「緑谷もそーゆーネガティブな事 言わねえ方が…」
だが、その言葉を遮るように。
「でも…!!」
緑谷くんが声を張った。
控え室の空気がぴんと張る。
「皆んな…他の科の人も
本気でトップを狙ってるんだ。
僕だって…遅れを取るわけにはいかないんだ。
僕も本気で 獲りに行く!」
その宣言は、控え室の空気をまっすぐに貫いた。
轟くんは少しだけ緑谷くんを見て、
「………おお」
と短く返す。
それだけだった。
しかし爆豪くんは明らかに気に食わない様子で、
また舌打ちする。
(みんな気合い入ってるなあ)
思わず小さく笑う。
その時だった。
スタジアムの外から、突然大きな音が響く。
――ドンッ!!
そして次の瞬間。
放送が始まった。
プレゼント・マイク先生の、
甲高く熱を帯びた声がスタジアム全体に響き渡る。
「《雄英体育祭!!
ヒーローの卵たちが我こそはと
シノギを削る年に一度の大バトル!!
どうせ てめーらアレだろこいつらだろ!!?
ヴィランの襲撃を受けたにも拘わらず、
鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!
ヒーロー科!!1年!!!A組だろぉお!!!?》」
その瞬間――
外から、地鳴りのような歓声が響いた。
(うわ…)
思わず息を飲む。
控え室の扉が開く。
入場の合図だ。
ぞろぞろと皆で歩き出す。
入場ゲートをくぐった瞬間――
視界が一気に開けた。
巨大な円形スタジアム。
何万という観客席。
歓声の波が押し寄せてくる。
(すごい…)
圧倒される。
観客席だけじゃない。
スタジアムの周囲には、数えきれないほどの
プロヒーローたちが並んでいる。
(あれ全部…プロ?)
思わず目を見張る。
例年なら主役は三年生。
でも今年は明らかに違う。
視線。
視線。
視線。
その多くが――
一年A組に向けられている。
USJの事件。
ヴィランの襲撃。
それを生き延びたヒーロー科一年。
観客席の熱気の奥で、
プロヒーローたちは静かにこちらを見ている。
まるで――
面接官のように。
(すごいプレッシャー…)
でも、不思議と怖くはなかった。
胸の奥にあるのは、ただ一つ。
(見ててね)
ぎゅっと拳を握る。
(絶対、勝つ)
✳︎
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