スタジアムの空気は、
昼休憩の緩さをすっかり失っていた。
さっきまでのレクリエーションの笑い声は消え、
観客席には緊張に似たざわめきが広がっている。
午後の部――最終種目、トーナメント戦。
ここからは、一対一の真剣勝負だ。
最初に行われたのは、
緑谷くんと普通科・心操くんの試合だった。
スタンドのA組控え席に座り、
セメントスが作り上げた試合ステージを見下ろす。
灰色のコンクリートで形作られたリング。
四角く区切られたその枠が、
まるで闘技場のように見える。
「普通科からトーナメント進出凄いね…!」
隣で葉隠ちゃんが身を乗り出すようにして言った。
姿は見えないけれど、
声のトーンだけで興奮しているのが分かる。
「尾白くんの話的にメンタル系なんだよね?」
少し体をひねって、斜め後ろの席を見る。
そこには尾白くんが座っていた。
「ああ…、おそらく洗脳系で
物理的な衝撃があれば目覚める。
俺は途中で肩がぶつかって、
気付いたら試合終盤だったんだ」
尾白くんは指を絡めながら深刻そうな表情で話す。
騎馬戦の記憶がほとんどないと言っていた。
それだけ強力な個性ということだ。
「何が条件なんだ?」
前の席から上鳴くんが振り返って聞いた。
「受け答えだよ。
あいつに返事をしてから記憶がないから
それしかない。恐ろしい初見殺しだよ」
尾白くんは静かに答える。
なるほど、と心の中で頷く。
それが分かっていれば、対策は簡単だ。
何を言われても無視すればいい。
けれど――。
(それでも強い個性だよね)
雄英の入試はロボット破壊だった。
つまり、
• 洗脳
• 操作
• 精神系
そういう個性は圧倒的に不利だったはずだ。
身体能力が高くなければ、
そもそも試験を突破できない。
それなのにトーナメントまで上がってきた。
(勿体無いなあ…)
強い個性なのに、入試で落とされてしまう。
そういう人もいるんだろう。
だからこそ――。
(心操くんも頑張ってほしい)
でも同時に、
(緑谷くんにも負けてほしくない)
そんなわがままな気持ちのまま、試合を見下ろす。
ステージの上では、二人が向かい合っていた。
観客席が静まり返る。
「《さぁ始まりましたァ!
トーナメント第一試合!!
ヒーロー科・緑谷出久!!
対するは普通科のダークホース!!
心操人使!!》」
プレゼント・マイクの実況が響く。
次の瞬間だった。
「なんてこと言うんだ!」
緑谷くんの声が響いた。
心操くんが何かを言ったらしい。
その瞬間。
緑谷くんの動きが止まる。
「……え?」
思わず声が漏れそうになる。
緑谷くんは、そのままゆっくりと歩き出した。
ステージの枠外へ向かって。
まるで自分の意思ではないような、
ぎこちない歩き方だった。
観客席がざわつく。
「終わりか…?」
そんな空気が広がる。
あと数歩で、場外。
その瞬間――
バチッ!!
弾けるような音が響いた。
同時に、砂埃がふわりと舞い上がる。
緑谷くんの身体が、
ピタリと止まった。
(止まった…?)
そのままゆっくりと顔を上げる。
どうやったのかは分からない。
でも、
まるで自分の意思で、
心操くんの個性を振り払ったように見えた。
会場が一気にどよめく。
「《おっとォ!?動きが止まった!!
洗脳を破ったのかァ!?》」
そこからは、個性のぶつかり合いではなかった。
むしろ――
喧嘩。
そんな言葉が一番近い。
お互いに掴み合い、押し合い、
泥臭い取っ組み合いが続く。
ヒーローらしい戦いというより、
必死の意地のぶつかり合いだった。
そして最後。
バランスを崩した心操くんが
ステージの外へと転がり落ちた。
「《決着ーーー!!
勝者!!ヒーロー科・緑谷出久!!》」
実況が響く。
観客席から拍手が広がった。
その様子を見ながら、
小さく息を吐く。
(凄いなあ…)
強い個性じゃなくても、
ああやって勝つ。
緑谷くんらしい戦いだった。
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