粗い光

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2日間の休校が明けた登校日は、
梅雨入りが発表されたばかりの雨の日だった。

廊下を歩いていると、
窓の外から聞こえるはずの雨音よりも、
校舎の中のざわめきの方がずっと大きい。
普段よりもどこか浮き足立った空気に、
私は少しだけ首を傾げながら教室の扉を開けた。

中に入った瞬間、その理由がすぐに分かった。

「超声かけられたよ来る途中!」
「私もジロジロ見られて何か恥ずかしかった!」
「俺も!」

体育祭のあと特有の、あの独特の高揚感。
皆が口々に同じような話をしている。

「俺なんか小学生にいきなり
ドンマイコールされたぜ」

瀬呂くんのぼやきに、

「ドンマイ」

机に突っ伏したまま梅雨ちゃんが、
いつもの落ち着いた声で一言だけ返していた。

その光景がなんだか面白くて、
私は思わず小さく笑ってしまう。

体育祭が終わってまだ数日。
でも街の空気は確かに変わっている。

テレビでもニュースでも、
きっと何度も流れたはずだ。
雄英体育祭。
そして、そこに出場していた
ヒーロー科の生徒たち。

特に1年A組は、良くも悪くも今は注目の的だ。

「あ!綺羅おはよー!」

声を弾ませて三奈ちゃんが手を振った。

「三奈ちゃんおはよー!
朝から元気だねー何の話?」

私はそのまま自然と会話の輪に近づく。

「綺羅も声かけられなかった?
体育祭見たよって!」

「星宮はそりゃ声掛けられるだろー」

三奈ちゃんの言葉に、
すぐ横から上鳴くんが当然だろと
言わんばかりの口調で続けた。

「うん!声掛けられたよー!
キラキラの人ー!とか子どもに指差された!」

思い出して、私はつい笑ってしまう。

休みの日、近所を歩いていたときのことだ。
買い物帰りらしい親子連れの小さな男の子が、
私を見つけて大きな声で指差した。

「キラキラの人だ!」

その隣でお母さんが慌てて謝っていたけど、
私はむしろ嬉しかった。

「煌めきなら負けないよ⭐︎!」

青山くんがくるりとポーズを決める。
まるで舞台の上みたいに華やかな動きに、
周りの空気が少し明るくなる。

「綺羅ちゃんは子ども人気強そうだわ」

梅雨ちゃんが落ち着いた声でそう言ってくれた。

「そうかなー?そうだといいなー
子ども好きだから」

私は少し照れながら笑って、
自分の席に腰を下ろした。

それからすぐだった。

キーンコーンカーンコーン。

チャイムが鳴った瞬間、
さっきまでの賑やかさが嘘みたいに教室が静まる。

理由は皆わかっている。

相澤先生は、基本的にチャイムと同時に入ってくる。

ガラリ。

ほとんどタイミングを違えずに教室の扉が開いた。

「おはよう」

「「「「おはようございます!!」」」」

一斉に立ち上がる声。

そして私は、先生の顔を見て少し驚いた。

体育祭のあと、包帯だらけだったはずの顔が
すっかり元に戻っている。

「相澤先生 包帯取れたのね。良かったわ」

梅雨ちゃんが安心したように言う。

「婆さんの処置が大げさなんだよ。
んなもんより今日の“ヒーロー情報学”
ちょっと特別だぞ」

その言葉で、教室の空気が
ほんの少しだけ引き締まる。

何だろう、と皆が自然と先生の方を見る。

然し、

「“コードネーム” ヒーロー名の考案だ。」

一瞬の沈黙のあと――

「「「「胸膨らむやつきたああああ!!!」」」」

教室が一気に爆発した。

何人かが勢いよく立ち上がる。
でもその瞬間、相澤先生がちらりと
視線を向けただけで――

ザワッ。

まるでスイッチが切れたみたいに静まった。

本当に、個性を消されたみたいだ。

「というのも 先日話した
プロからのドラフト指名に関係してくる。
指名が本格化するのは経験を積み、
即戦力として判断される2、3年から…。
つまり今回来た“指名”は、
将来性に対する“興味”に近い。
卒業までにその興味が削がれたら、
一方的にキャンセルなんて事はよくある」

「大人は勝手だ!」

峰田くんが机を叩く。

「頂いた指名がそのまま
自身へのハードルになるんですね!」

透ちゃんが納得したように言った。

「そ。で、その指名の集計結果がこうだ」

相澤先生が黒板にモニターを映す。

私は思わず前のめりになった。

「例年はもっとバラけるんだが、
2人に注目が偏った」

画面に表示された数字。

轟 4,123票
爆豪 3,556票
星宮 3,233票
常闇 360票
飯田 301票
上鳴 272票
八百万 108票
切島 68票
麗日 20票
瀬呂 14票

教室が一気にざわつく。

(え…)

自分の名前を見つけた瞬間、私は少しだけ目を瞬いた。

3,233票。

思っていたより、ずっと多い。

「だーーー白黒ついた!」

上鳴くんが机に突っ伏す。

「見る目ないよね プロ!」

青山くんが腕を組んでぷんぷんしている。

「1位2位逆転してんじゃん」

切島くんが感心したように言う。

「表彰台で拘束された奴とかビビるもんな…」

瀬呂くんの言葉に、

「ビビってんじゃねーよプロが!!」

爆豪くんが机を叩いた。

教室がまた少しざわつく。

私はその様子を見ながら、
少しだけ胸の奥が熱くなるのを感じていた。

プロヒーローたちが、私たちを見ていた。

あの体育祭のステージを。

そして――

私の戦いも。

「おい、静かにしろ。
これを踏まえ…指名の有無関係なく、
いわゆる職場体験ってのに行ってもらう。
お前ら一足先に経験してしまったが、
プロの活動を実際に体験して
より実りある訓練をしようってこった。」

相澤先生が淡々と続ける。

「それでヒーロー名か!」

「俄然楽しみになってきたァ!」

切島くんと上鳴くんが嬉しそうに声を上げる。

私も、少しだけ胸が高鳴っていた。

ヒーロー名。

それは、いつか本当にヒーローになったとき――
人々に呼ばれる名前。

「まァ 仮ではあるが 適当なもんは…」

相澤先生がそう言いかけた、その時。

ガラァン!!

教室の扉が勢いよく開いた。

「付けたら地獄を見ちゃうよ!!」

振り返ると、そこに立っていたのは――

ミッドナイト先生だった。

「この時の名が!世に認知され そのまま
プロ名になってる人多いからね!!」

教室の空気がまた一段と明るくなる。

「まァ そういう事だ。
その辺のセンスを、ミッドナイトさんに
査定してもらう。俺はそういうの出来ん。
将来 自分がどうなるのか、名を付けることで
イメージが固まりそこに近付いてく。
それが“名は体を表す”ってことだ。」

そう言い残すと、

相澤先生は本当にそのまま寝袋に入り込んだ。

そして完全にミッドナイト先生へと場を任せる。

「さぁ皆!考えてみなさい!」

生徒一人ひとりにボードが配られていく。

私はその白いボードを手に取りながら、
少しだけペンを握る手を止めた。

(ヒーロー名…)

自分がヒーローとして呼ばれる名前。

その言葉を、頭の中で何度も転がす。

教室のあちこちで、
ペンが走り出す音が聞こえていた。








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