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職場体験当日。

朝から少しだけ空気が違った。
体育祭とはまた別の緊張感が、
教室の中に漂っている。

机の横には、それぞれの
ヒーローコスチュームが入ったケース。
普段は学校で使うものだけれど、
今日はそれを外へ持ち出す日だ。

私は足元に置いたケースを軽く見下ろす。

(いよいよだ)

胸の奥が少しだけ高鳴っていた。

教室での説明を終えると、A組は校舎の外へ出て、
相澤先生と一緒に送迎バスに乗り込む。
窓の外には、まだ梅雨の曇り空が広がっていた。

バスが駅前に停まると、先生は振り返って言った。

「コスチューム持ったな。
本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ。
落としたりするなよ。」

その言葉に皆が頷く。

ヒーローコスチュームは、ただの服じゃない。
個性や戦闘スタイルに合わせて作られた、
大切な装備だ。

先生はそれだけ言うと、
もう用事は終わりだと言わんばかりに
バスへ戻っていった。

そこからは各自で移動になる。

私は駅のホームで新幹線を待ちながら、
少しだけ周りを見渡した。

クラスメイトたちが
それぞれ違う方向へ散っていく。
皆、違うヒーロー事務所へ向かうのだ。

やがて新幹線が到着し、私は乗り込む。

都内まではそれほど遠くない。
車窓の景色を眺めていると、
あっという間に目的の駅に着いた。

そこからさらに電車へ乗り換える。

気付くと、同じ車両に残っているA組は――

私と爆豪くんだけだった。

爆豪くんはドア側に立ち、腕を組んでいる。
しかも、私から微妙に距離を取って。

(うーん…)

明らかに「話しかけんな」って空気だ。

さすがに私もそこへ突っ込むほど鈍感ではない。

私は空いていた席に腰を下ろした。

電車が揺れるたびに、ケースが膝に軽く当たる。

(爆豪くんと同じ事務所かぁ)

体育祭以来だ。

正直、怒鳴られる未来しか想像できない。

でも――

(ちょっと楽しみ)

そう思っている自分もいた。

電車を降りて、しばらく歩く。

するとすぐに、その建物は見えてきた。

ガラス張りの、洗練されたデザインのビル。

入口の上には大きく

GENIUS OFFICE

と書かれている。

(ここだ)

ベストジーニスト事務所。

私は思わず少しだけ背筋を伸ばした。

中へ入ると、広々とした
エントランスが広がっていた。

壁も床も無駄がなく、
どこか美術館みたいに整っている。
セキュリティもかなりしっかりしているようで、
入口にはインターホンが設置されていた。

私は一歩前に出てボタンを押す。

ピッ。

「はい。こちらベストジーニスト事務所」

モニター越しに、サイドキックらしき
ヒーローが応答した。

「あの、雄英高校ヒーロー科の星宮と爆豪です。
職場体験させて頂くために参りました」

自然と、きちんとした声が出ていた。

子役やモデルの仕事をしていた頃、
こういう挨拶は何度もしてきた。
大人との会話は、そこまで緊張しない。

すると相手はあっさりと言った。

「エレベーターから3階に上がって」

プツッ。

通話が切れる。

(あ、終わりなんだ)

私は振り返った。

「3階だって」

後ろの爆豪くんに声をかける。

爆豪くんは無言のままエレベーターへ向かい、
私もその後を追って乗り込んだ。

チン。

三階に到着する。

扉が開くと、そこには
サイドキックらしい男性が立っていた。

「やあ、雄英高校の2人だね。
さっそく2階の更衣室でコスチュームに着替えて、
またここに戻ってきてくれ。
これ、カードキーね。無くしちゃ駄目だよ
一週間使ってもらうから」

カードキーを二枚渡される。

「ありがとうございます」

私は軽く頭を下げた。

それから爆豪くんと別れて、
それぞれ更衣室へ向かう。

ケースを開けると、
中には自分のヒーローコスチューム。

(よし)

私は素早く着替えた。

ポニーテールを整え、ゴーグルを軽く確認する。

鏡の中には、ヒーローとしての自分がいた。

少しだけ気合いを入れて、更衣室を出る。

再び三階へ戻ると、爆豪くんもすでに来ていた。

事務所の奥へ入る。

中はエントランス以上に整った空間だった。

オフィスというより、
デザイン会社みたいな雰囲気だ。
壁は白だけど所々デニムのような色んな青が
ポイントカラーとしてあって、
ガラス張りの明るいオフィスだった。

そして――

その中央に立っている人物を見た瞬間、
私は思わず目を見開いた。

(わあ…!)

ベストジーニスト。

テレビで何度も見たヒーローが、目の前にいる。

完璧に整えられた髪。
整った立ち姿。
その姿勢一つ取っても、
まるでファッションショーの
モデルみたいに洗練されている。

(本物だ…!)

胸の奥が一気に高鳴った。

「ようこそ。ジーニアス事務所へ」

そう言いながら、
ベストジーニストは櫛を取り出し――

自分の髪を、ぴっしりと整えていた。








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