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「ようこそ。ジーニアス事務所へ」

メインデスクの前に立つベストジーニストは
そう言うと、手にしていた櫛で自分の髪を
みっちりと整え始めた。整えられた金髪が
さらにきっちりと揃っていく。
最後に満足したように櫛をケースへしまい、
そのままポケットへ収める。

ただ髪を整えているだけのはずなのに、
その一連の動作には一切の無駄がない。
まるで舞台の上で見せる所作のように
洗練されていて、思わず目を奪われてしまう。

(さすがベストジーニスト……)

私は思わず感心してしまった。

「正直君の事は好きじゃない」

その言葉は、あまりにも唐突だった。

「……あ?」

隣に立つ爆豪くんがすぐさま聞き返す。
反射的に出た声には、露骨な苛立ちが滲んでいた。

「私の事務所を選んだのもどうせ、
五本の指に入る超人気ヒーローだからだろ?」

淡々と続けられるベストジーニストの言葉に、
爆豪くんの眉がぴくりと動く。

「指名してきたのはそっちだろが……!」

爆豪くんは苛立ちを隠そうともせず言い返した。
No.4ヒーローに向かってこの態度なのだから、
私は思わず、内心で冷や汗をかいてしまう。

(だ、大丈夫かな……)

けれどベストジーニストは、
まるで気にした様子もなかった。

「君のように凶暴な人間を“矯正”するのが、
私のヒーロー活動」

落ち着いた声でそう言いながら、
真っ直ぐ爆豪くんを見据える。

「ヴィランもヒーローも表裏一体……
そのギラついた目に見せてやるよ。
何が人をヒーローたらしめるのか」

その言葉には、確かな信念が感じられた。

そして次の瞬間、
ベストジーニストの視線がこちらへ向けられる。

「星宮くん、君を指名したのには別の理由だから
安心しなさい。君は別の意味で矯正だ」

「え!?はい!」

突然名前を呼ばれて、私は反射的に返事をした。
思わず背筋がぴんと伸びる。

憧れのヒーローにまっすぐ見つめられている。
それだけで少し緊張してしまう。

ベストジーニストは静かに私を観察するように
視線を向けていた。

「体育祭、見ていたよ」

落ち着いた声が続く。

「光を操る個性。機動力も高い。
観客の目を引き、場の空気を明るくする」

そこまで言われて、私は少しだけ目を瞬かせた。

(え……褒められてる?)

予想外の言葉に少し戸惑う。

だが、次の言葉で空気が変わった。

「だが――光が粗い」

「……え?」

思わず小さく声が漏れる。

粗い?

私は今まで、自分の個性をそれなりに
コントロール出来ていると思っていた。
光弾も、防壁も、光ブーツも問題なく使えている。

けれどベストジーニストは静かに続けた。

「君の光は勢いで扱われている。
機動力と運動量で押し切る戦い方だ」

言われてみれば、思い当たる節はあった。

私はまず動く。
光ブーツで加速して距離を詰め、
蹴りや光弾で畳み掛ける。

(確かに……)

自分でも気付いていなかった戦い方を、
はっきりと言い当てられていた。

「光とは、ただ強く放てば良いものではない」

ベストジーニストが軽く指先を上げる。

すると机の端に落ちていた
細い繊維がふわりと浮かび上がった。

それはまるで見えない手に操られている
かのように整い、ゆっくりと輪を描く。
そして一瞬だけ空中で回転すると、
静かにほどけて元の繊維へ戻った。

「整えられた力は、美しい」

穏やかな声だった。

「そして美しさは、人を導く」

私はその光景に思わず見入ってしまう。

体育祭のとき、私はただ
速く動くことばかり考えていた。
勝つこと、相手より先に動くこと。
そればかりだった。

けれどベストジーニストは、
全く違う視点で見ていた。

「君の光は、人を惹きつける」

その視線が真っ直ぐこちらへ向けられる。

「だが、まだ散っている」

胸の奥が少し熱くなった。

否定されたわけではない。
むしろ、もっと良くなると
言われているように感じたからだ。

「この一週間で教えるのは三つだ」

ベストジーニストが指を一本立てる。

「光粒子の精密操作」

二本目。

「無駄のない戦闘」

三本目。

「そしてヒーローとしての品格」

私は自然と背筋を伸ばしていた。

「はい!」

大きく返事をすると、
ベストジーニストはわずかに頷く。

「良い返事だ」

そう言ってから、ちらりと隣を見る。

「――爆豪くん」

「あぁ?」

「君の方はまず言葉遣いからだ」

その瞬間、爆豪くんのこめかみに青筋が浮かんだ。

「誰に向かって言ってんだテメェ」

ベストジーニストはまったく動じない。

「君は原石だが、形が酷い」

「……ッ」

爆豪くんの目がぎらりと光る。

その横で、私は思わず息を呑んだ。

(あああ……怒る……)

けれどベストジーニストは静かに言い放つ。

「爆発も光も」

そして再びこちらを見る。

「整えなければ、ただの暴力だ」

その言葉に、私は思わず息を呑んだ。

そして次の瞬間、ベストジーニストは
デスクに置かれていたデニムを手に取る。

「まずは矯正だ。このデニムを着用して貰う。
ジーニアス事務所は皆、
私お手製デニムを着用している。歓迎の証だ」

そう言って差し出されたデニムボトムを受け取る。
私に渡されたのは体のラインが出る
タイトなスキニーパンツで、
爆豪くんにはストレートパンツだった。

「え!?良いんですか!
可愛い!私服でも着たい!」

思わず声が弾む。
手に取ったデニムはしっかりとした作りで、
見ただけで質の良さが分かる。
こんなの貰っていいのかな、
と嬉しさが先に立った。

けれど隣では真逆の反応だった。

「誰が履くか!」

爆豪くんが即座にキレる。

ベストジーニストはその様子にも動じない。

「履けないというのなら、
私が矯正的に君の衣類を解いて
履かせることだって容易だ」

そう言った瞬間、
ベストジーニストの指がわずかに動いた。

次の瞬間――爆豪くんの
ヒーローコスチュームの繊維が、
ぎゅっと締め上げられる。

「ぐ……!て…めえ……!」

突然体を締め付けられ、
爆豪くんが歯を食いしばる。

「強制的に哀れな姿にされたくなければ
素直に履き替えるんだな」

静かな声だったが、有無を言わせない圧があった。

爆豪くんはしばらく睨みつけていたが、
やがて大きく舌打ちをすると踵を返す。

「チッ……!」

そのまま更衣室の方へ歩いていった。

その背中を、
私とベストジーニストは並んで見送る。

「やれやれ……矯正し甲斐のある子だ」

ベストジーニストは小さく息をつく。

「着替え終えたら身なりを整えて、
パトロールに出発する。
ヒーローの仕事を、実際に見てもらおう」

そう言って歩き出した背中を見ながら、
私は手にしたデニムをぎゅっと握りしめた。

光が粗い。

さっき言われた言葉が、まだ胸の奥に残っている。

でも――

(整えられた光……か)

なんだか少し、わくわくしていた。

この一週間で、
自分の知らない個性の使い方を知る気がする。

そんな予感がしていた。







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