事務所の自動ドアが開くと、
外の空気が一気に流れ込んできた。
ビル街の昼下がり。
平日とはいえ人通りは多く、スーツ姿の会社員や
買い物袋を提げた人々が行き交っている。
街の音、車の走行音、遠くの信号機の電子音。
都会特有のざわめきが耳に届いた。
私は自然と背筋を伸ばす。
(これが……プロヒーローのパトロール)
ベストジーニストの後ろを歩きながら、
胸の奥が少しだけ高鳴る。
ベストジーニストは歩く速度を変えずに言った。
「パトロールとは、ただ街を歩く事ではない」
低く落ち着いた声が続く。
「街の空気を読む。人の流れを見る。
違和感を見逃さない。それが基本だ」
私は真剣に頷いた。
「はい!」
隣では爆豪くんが黙って歩いている。
相変わらず不機嫌そうな顔だが、
その目は周囲を鋭く観察していた。
「返事はシュアだ」
「シュ、シュア!」
独特な返事に少し戸惑いながらも言い直す。
けれど隣の爆豪くんは返事すらしない。
「ヒーローの存在は抑止力だ」
ベストジーニストが言う。
「我々が歩いているだけで、
犯罪は起きにくくなる」
その言葉の意味を、すぐに理解した。
通りを歩いていると、
通行人がこちらをちらりと見る。
そして小さくざわめく。
「あ、ベストジーニスト……!」
「本物だ……」
「雄英の子もいる」
そんな声が耳に入ってくる。
ベストジーニストはその視線に気付くと、
自然な仕草で軽く手を振った。
「ヒーローはファンサービスも怠らない。
人々に安心をもたらすためにも最低限は必要だ」
その瞬間、通行人の中から黄色い声が上がる。
「きゃー!」
思わず笑顔になりそうになる。
けれどその横で、
爆豪くんが吐き捨てるように言った。
「ケッ…ヴィランを倒す
圧倒的な強さがありゃ関係ねえ」
視線は相変わらず周囲を鋭く探っている。
きっとヴィランを探しているのだろう。
戦闘の匂いを嗅ぎつけようとしているみたいだ。
「確かにエンデヴァーのような
ファンサをしないヒーローも多い。
然し、君の場合は凶暴性を周囲にも見せつける。
それでは助けてもらった人々も怖がらせてしまう」
「助けんだから文句ねえだろ!ガッ!!」
爆豪くんが声を荒げた瞬間だった。
ぎゅっ――
彼の腰回りのデニムが、急に締め上げられた。
「ッ……!」
ベストジーニストの繊維操作だった。
「ヒーローは人々の笑顔を守る存在で
なければならない。愛想を振り撒くとはまた違う。
そこを見極めるんだ」
爆豪くんは歯を食いしばる。
「ッ…分かったから…離せやあ…!」
渋々そう言うと、
ベストジーニストは静かに繊維を緩めた。
爆豪くんは小さく舌打ちをする。
それからしばらく、
周囲を見回りながら歩いていると、
ベストジーニストの通信機に連絡が入った。
ヴィラン出現の報告だった。
「出たなヴィラン!!」
爆豪くんの目が一瞬で鋭くなる。
「直ぐに向かう」
ベストジーニストは短く言うと、
方向を変えて走り出した。
私と爆豪くんも続く。
数十秒ほど走った先。
小さな路地の前で、サイドキックが
一人のヴィランを抑え込んでいた。
腕が異様に膨れ上がり、
拳から空気が噴射して空気砲になっている。
「っしゃ!ぶっ殺してやる!」
爆豪くんが飛び出そうとした瞬間だった。
バッ――
ベストジーニストの袖がほどけるように広がる。
繊維が一瞬で空中に伸びた。
次の瞬間。
ヴィランの腕、胴、脚が一気に拘束される。
その動きはあまりにも速かった。
まるで最初から捕まる位置を
計算していたみたいに。
「確保!警察も5分後に到着します」
サイドキックが報告する。
「うむ。そのまま引き渡してくれ」
ベストジーニストは静かに言うと、
ほどけた袖を整えた。
私は思わず見入ってしまう。
(速い……)
しかも。
周囲の建物も、通行人も、何一つ傷付いていない。
ヴィランは完全に拘束されたままだ。
ただそれだけで終わった。
(被害ゼロで……終わった)
隣を見ると、爆豪くんも
さっきまでの勢いが消えていた。
ただ静かにその光景を見ている。
「ヴィランを倒す事だけがヒーローではない」
ベストジーニストが言う。
「如何に被害を出さずに守れるかだ」
私は自然と頷いていた。
「はい」
その後もパトロールを続けたが、
この辺りは治安がかなり良いらしい。
No.4ヒーローの事務所がある地域
ということもあってか、
ヴィランの出没はほとんどないという。
一通り巡回したあと、私達は事務所へ戻った。
軽く息をつく間もなく、ベストジーニストが言う。
「ヒーローは日頃トレーニングも欠かさない」
その視線が爆豪くんへ向く。
「爆豪はサイドキック達と組み手をする。
物を破壊したら、雄英に連絡して職場体験終了だ」
「グ…!」
爆豪くんが歯を食いしばる。
明らかにやりかねない事を、
先に釘を刺されていた。
「星宮くんは私と個性操作を修練する」
ベストジーニストの視線がこちらへ向く。
私は思わず背筋を伸ばした。
「は…シュア!」
普通に返事をしそうになって、慌てて言い直す。
まだ慣れない返事だけれど。
でも――
(いよいよだ)
光粒子の操作。
私の個性の、もっと細かい使い方。
胸の奥が少しだけ高鳴っていた。
✳︎
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