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ベストジーニストに案内された
トレーニングルームは二階にあった。

さっきまでいたガラス張りの
オフィスとは雰囲気がまるで違う。
壁はデニムのような深い青色で、
所々に白いラインが入っている。
天井も少し低く感じられて、
外の光が差し込まない分、
空間は落ち着いた静けさに包まれていた。

外の喧騒が完全に遮断されている。
トレーニングに集中するための場所
なのだとすぐに分かった。

私は部屋の中央に立ち、周囲を見回す。

(ここで個性の訓練をするんだ…)

床は滑りにくい素材で作られていて、
壁際にはトレーニング用の装置や
センサーのような機械が並んでいる。
ヒーロー事務所のトレーニングルームなんて
初めて見るから、少しだけ胸が高鳴った。

その時、ベストジーニストが静かに言った。

「個性の話の続きをしよう」

振り向くと、ベストジーニストは
いつものようにスチャッと櫛を取り出していた。

そして――
櫛を通しながら、きっちりと髪を整え始める。

(また整えてる…)

さっき事務所を出る前にも整えていたのに、
もう一度整えている。
でもその動作がまるで儀式のようで、
見ていると不思議と納得してしまう。

ベストジーニストは鏡も見ずに
髪を整えながら続けた。

「まず君の個性は遠くに足場を出没できる辺り、
放出型ではなく、空気中に微細なスターライトを
存在させ、圧縮して視認させる。そうだろう?」

私は少し驚いた。

まだ詳しい説明をしていないのに、
ほとんど見抜かれている。

「シュ、シュア!」

思わず事務所のルール通りの返事をする。

するとベストジーニストは淡々と言った。

「今は普通の返事で良い」

「え、あ……はい」

思わず少し恥ずかしくなる。

(律儀にやっちゃった……)

けれどベストジーニストは
特に気にした様子もなく話を続けた。

「爆豪との戦いで見せた足に光を纏わせ、
機動力とパワーの増強。良い発想だったと思う」

その言葉に少しだけ嬉しくなる。

体育祭で咄嗟に思いついた技だった。
まだ荒削りだと思っていたけれど、
評価してもらえたのは素直に嬉しい。

しかし次の言葉で空気が変わった。

「然し」

静かな声だった。

「飛沫した光エネルギーを
自在に形を生み出せるのならば、
君の強みは近接ではなく、
中距離または遠距離戦と制圧だ」

私は思わず目を瞬かせた。

(中・遠距離戦と制圧……)

今までの戦い方を思い返す。

私はまず距離を詰める。
光ブーツで一気に加速して、
相手の懐に入って蹴りで攻撃する。
光弾も使うけれど決定打にはならない
どちらかといえば前に出る戦い方だ。

でもベストジーニストは違う見方をしている。

「君の個性は、既に空間を支配している」

ベストジーニストが静かに言った。

「半径数メートルに存在する光粒子。
それを自在に圧縮できるのならば」

指先をわずかに動かす。

「そこは君の領域だ」

その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で何かが繋がった気がした。

(私の……領域)

確かに私は空中に光を作れる。
足場も、防壁も、弾丸も。

でもそれを「空間」として考えたことはなかった。

ベストジーニストが続ける。

「君は動きすぎている」

その指摘は鋭かった。

「光ブーツによる機動力は確かに優秀だ。
しかしそれはエネルギー消費が大きい」

図星だった。

動けば動くほど、光エネルギーの消費は増える。
長期戦になるほど疲労が出るのもそのせいだ。

「だが」

ベストジーニストの声が少し低くなる。

「空間にある光粒子を精密に操作できれば、
君はほとんど動かずに敵を制圧できる」

私は思わず息を呑んだ。

(動かずに……制圧)

そんな戦い方、考えたこともなかった。

「ここでは操作精度を修練する」

ベストジーニストは静かに言う。

「やり方は光粒子で色々な形を作ること。
私でいうストリングアートのように」

そう言いながらベストジーニストは
自身の袖の繊維を操作して
ストリングアートのような模様を作り出す。
すごく細かくて、そして綺麗だ。

「君の場合は星座を形作る」

「星座を?」

思わず聞き返してしまう。

でも、すぐに思い当たる。

私は星が好きだ。
星座もほとんど覚えている。

だから形を作ること自体は難しくないはずだ。

けれど――

(組み手じゃないんだ)

少しだけ意外だった。

「私のスケジュールに同行する合間に
星座を形作る訓練を続けてもらう」

ベストジーニストは言う。

「精密操作に慣れるようにするのが目的だ」

そして付け加える。

「星座は美しく、歪ませてはいけない」

その言葉には、どこか強いこだわりが感じられた。

「はい!」

私ははっきりと返事をする。

隣のスペースでは、爆豪くんが
サイドキック達と組み手をしていた。

ドンッ――

床を踏み込む音。

爆破を機動力に使って、圧倒している。

(やっぱり強い……)

そう思いながら、私はゆっくりと手を前に出す。

空気の中に散っている光粒子を感じ取る。

小さな光が、ふわりと集まり始めた。

(まずは……)

頭の中に浮かべる。

夜空の形。

七つの星。

北斗七星。

光粒子を一点ずつ圧縮して、位置を整えていく。

でも――

少し歪んだ。

星の間隔がずれる。

「あ」

思わず声が漏れる。

その様子を見て、
ベストジーニストが静かに言った。

「焦らなくていい」

落ち着いた声だった。

「光を整えるのは、姿勢を整えるのと同じだ」

そして櫛を軽く指先で回す。

「乱れたものを、少しずつ整えていく」

私はもう一度光粒子に意識を向ける。

(整える……)

今度はゆっくり。

焦らず。

一つずつ。

夜空の星を並べるように。

光が、静かに形を作り始めた。









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