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あれから数日。

ベストジーニスト事務所での職場体験は、
想像していたよりずっと忙しく、
そして多岐にわたっていた。

私は爆豪くんと一緒に、
ベストジーニストの後ろをついて回りながら、
さまざまな業務を間近で見ていた。

ヒーローとしてのパトロール。
ヴィランの対応。

それだけではない。

メディアのインタビュー対応、雑誌の撮影、
さらにはベストジーニストが展開している
デニムブランドの打ち合わせまであった。

(ヒーローって……こんなに色々やるんだ)

最初は少し驚いた。

でも、ベストジーニストはそのすべてを
同じ調子でこなしていく。

どんな場面でも姿勢は崩れない。
言葉遣いも、振る舞いも、常に整っている。

まるでそれ自体が“ヒーローの在り方”を
体現しているようだった。

その横で――

「こんな雑魚相手いつまでやりゃいいんだ!」

爆豪くんが今日もサイドキックに向かって
叫んでいた。

トレーニングスペースの隅では、
相変わらず組み手が続いている。

爆豪くんはサイドキックを相手に圧倒していたが、
それでも納得がいかないらしい。

「雑魚って…」

サイドキックが寂しげな表情で言う。
クラスメイトがごめんなさい…。

しかし爆豪くんは気にせず、
今度はベストジーニストに向かって叫ぶ。

「テメェが相手しろや!!」

だが次の瞬間。

ぎゅっ――

デニムが締まる。

ベストジーニストの繊維操作だった。

「ぐ……!」

爆豪くんの動きが止まる。

「先輩を敬うのもヒーローいや、
人が社会で生きて行く上で大切だ」

ベストジーニストは淡々とそう言った。

爆豪くんは歯を食いしばるが、拘束は解けない。

結局そのまま勝負にもならず、
また矯正されて終わる。

このやり取りも、もう何度も見ている。

(……今日もだ)

私は内心で小さく苦笑した。

一方で、私は空き時間になると
トレーニングルームで
光粒子の操作訓練を続けていた。

最初の日は北斗七星を作るだけでも
時間がかかった。

星の位置がずれたり、粒子が散ってしまったり。

でも――

(だいぶ速くなってきた)

手を軽く前に出す。

空気中に漂う光粒子を感じ取り、少しずつ集める。

七つの点。

そして線。

北斗七星。

以前よりもずっと早く形が整う。

(出来た……!)

思わず小さく拳を握る。

ベストジーニストの言っていた「精密操作」
という意味が、少しずつ分かってきていた。

そして職場体験4日目の朝。

事務所のテレビには、
少し物騒なニュースが流れていた。

西東京――保須市。

昨夜発生した事件の映像が何度も流れている。

私は画面を見ながら、胸の奥が少しざわついた。

そんな空気を切り替えるように、
ベストジーニストが口を開く。

「昨晩発生した西東京・保須市での事件、
気になるところだろう。
ああ 私も大いに気になっている」

事務所の空気が静かに引き締まる。

「人は大きな事件に目を奪われる。
然し、こういう時こそヒーローは
冷静でいなければならない」

その声はいつもと同じ落ち着きだった。

「混沌は時に人を惑わし、
根底に眠る暴虐性を引き摺り出そうとしてくる」

そして一拍置く。

「というわけで今日もびっちり平常運行。
タイトなジーンズで心身共に引き締めよう」

その言葉に、サイドキック達が一斉に声を揃える。

「シュア!!ベストジーニスト!」

私も自然と一緒に返事をしていた。

もうすっかり、この事務所の空気に馴染んでいる。

その横で。

爆豪くんは椅子に座らされていた。

ベストジーニストが後ろに立ち、
櫛を手にしている。

そして――

今日も髪を整えられている。

「うむ……」

櫛がゆっくり通る。

爆豪くんの髪は八対二でぴっちり分けられていた。

しかし。

目を離すと。

ボンッ。

すぐに元の爆発ヘアーに戻る。

母親譲りらしいその髪質は、
想像以上に頑固だった。

四日目ともなると、
爆豪くんはもう抵抗というより――

諦めに近い表情をしていた。

(なんか……)

私は思わず思う。

(来るところ間違えたって顔してる……)

ベストジーニストはその髪を見ながら、
静かに呟く。

「うむ…なかなか思想が強い」

櫛を通しながら言う。

「そうまるでリジットデニムのように」

私は一瞬だけ考えた。

(……リジットデニム?)

この数日で分かったことがある。

ベストジーニストは時々、
例えをデニムで表現する。

そしてそれが――

微妙に分かりづらい。

(でもちょっと面白い)

クールで完璧な人かと思っていたけれど、
意外とユーモアのある人だった。

「だが昨日よりも定着時間が伸びている」

ベストジーニストは真剣に言う。

「徐々に矯正出来ている」

「いい加減諦めろやぁ…!」

爆豪くんが苛立った声を上げる。

だがベストジーニストは全く気にせず、
櫛を動かし続けていた。

この光景も、もう日常になりつつある。

私はサイドキック達と並び、パソコンの前に座る。

画面には今日のスケジュールが表示されていた。

パトロール。
メディア対応。
打ち合わせ。
トレーニング。

その隣では、爆豪くんの髪がまた――

ボンッ。

爆発していた。









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