(あれ……)
私は思わず目を細めた。
瓦礫の山。
崩れた建物の残骸の中に、
一人の受験生が取り残されている。
茶色いボブの女の子。
さっき、校門のところで見た子だ。
(あの子……)
足が瓦礫に挟まれている。
必死に抜こうとしているけれど、びくともしない。
そのすぐ後ろには――
巨大ロボット。
レベル0。
ゆっくりと足を踏み出しながら、
こちらへ近づいてきている。
ドォン。
重たい振動が屋上まで伝わった。
(まずい)
あれが近づけば、瓦礫ごと踏み潰される。
私は屋上の縁に足をかけた。
体を前に傾ける。
(助けないと)
考えるより先に、体が動く。
私は屋上から跳び出した。
空気を切り裂くように落下する。
指先に光が集まる。
スターライト。
光の粒子が私の周りに広がる。
(瓦礫を壊して――)
その瞬間だった。
視界の端で、何かが動いた。
――速い。
真横から、影が飛び出す。
緑色の髪。
(え?)
あの男の子。
さっき校門のところで転びかけていた子。
彼は地面を蹴った瞬間、
信じられない速度で前へ飛び出した。
まるで弾丸みたいに。
(速っ……)
私が驚く間もなく、
彼は一直線にレベル0へ向かっていく。
(待って……!?)
あの子、さっきまで――
ロボットを一体も倒していなかった。
少なくとも、私は見ていない。
それなのに。
今の脚力。
今の加速。
ありえない。
次の瞬間。
彼の拳が、巨大ロボットへ叩き込まれた。
――ドゴォン!!!
凄まじい衝撃音。
空気が震える。
レベル0の巨体が――
わずかに凹んだ。
(うそ……)
巨大ロボットの装甲が、拳の形にへこんでいる。
あの大きさの機械を。
人の拳で。
私は思わず目を見開いた。
(何、あれ……)
超パワー。
それも、桁違いの。
けれど。
次の瞬間。
バキン、と嫌な音が響いた。
男の子の体が大きく弾かれる。
空中でバランスを崩し、そのまま落ちていく。
腕も脚も、変な方向に曲がっている。
(……!)
私は反射的に光を広げた。
スターライトの粒子が空中に散る。
柔らかな光の膜が、落下する体を包み込む。
衝撃をやわらげる。
緑色の髪の男の子の体が、
ふわりと速度を落としながら地面へ降りていく。
私はそのまま隣へ着地した。
「……っ」
男の子は地面に膝をついたまま、
荒く息を吐いている。
腕も脚も、明らかに無事じゃない。
不自然な方向に曲がっている。
(ひどい……)
さっきの一撃。
許容外のパワーだったんだ。
私は思わず声をかけた。
「大丈夫!?」
男の子は驚いたように顔を上げた。
そしてすぐに、慌てたように頭を下げる。
「す、すみません……!
助けてくれて……ありがとうございます!」
(礼儀正しい人だな……)
こんな状況なのに、真っ先にお礼。
私は少し苦笑する。
「謝らなくていいよ。
でも……」
私は視線を落とした。
彼の腕と脚。
やっぱり動いていない。
「その体、無理しない方がいいと思う」
そう言った瞬間。
男の子は歯を食いしばった。
「……!」
そのまま、体を起こそうとする。
腕は動かない。
脚も力が入らない。
それでも――
「……まだ……!」
必死に体を前へ動かそうとしている。
私は思わず目を見開いた。
「待って、動いちゃダメ!」
思わず肩に手を伸ばす。
けれど男の子は止まらない。
「まだ……僕……!」
声が震えている。
「……まだ……得点……0なんです……!」
その言葉に、胸が少しだけ締め付けられた。
(……あ)
そうか。
この試験はポイント制。
ロボットを倒さないと、点が入らない。
あの巨大ロボットは――
0ポイント。
つまり。
彼の得点は、まだ。
「だから……!」
男の子は必死に地面を掴もうとする。
でも。
指先すら、うまく動かない。
私は思わず言った。
「でもその体じゃ――」
その瞬間だった。
――ピーーーーーーーーッ!!
鋭い電子音が、演習場全体に響き渡った。
試験終了のブザー。
モニターから声が流れる。
「《ハイそこまでー!!
試験終了だ!!》」
空気が、一気に緩む。
あちこちで受験生たちが動きを止めた。
安堵の声。
ため息。
笑い声。
けれど。
私の隣で、男の子は動きを止めたままだった。
「……」
拳が、わずかに震えている。
地面を見つめたまま。
悔しそうに、歯を食いしばっていた。
「……っ」
声にならない声。
その表情を見て、胸の奥が少しだけ痛んだ。
私は静かに言った。
「……でも」
男の子が顔を上げる。
私は少しだけ笑った。
「すごかったよ、さっきの」
巨大ロボットを殴った拳。
あれは、本当に。
「ヒーローみたいだった」
男の子は一瞬、きょとんとした顔をした。
そして。
少しだけ、目を見開いた。
少し遠くから看護教諭らしいお婆ちゃんが
ゆっくり歩いてくる。
私は立ち上がった。
「ちゃんと見てる人、いると思う」
そう言って、私は空を見上げた。
春の空は、まだ明るい。
雄英高校の入試。
その10分間は――
もう終わっていた。
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