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バスが着いた先は、
住宅街がリアルに再現されたエリアだった。

整然と並ぶ家々。細い路地。
電柱や塀までもが本物と見紛うほど精巧で、
静まり返った空気がどこか
不気味さすら感じさせる。

(ここで戦うんだ……)

一歩踏み出すだけで、
足音がやけに大きく響く気がした。

降り立った私は、轟くんと並び、
正面に立つ相澤先生と向かい合う。

その視線は静かで、感情の揺れが一切ない。

(もう試験は始まってるみたい……)

そう思わせるほどの圧だった。

「ではルールを説明する。制限時間は30分。
合格条件は、このハンドカフスを俺に掛けるか、
どちらか1人がステージから脱出。
今回は極めて実践に近い状況での試験、
俺をヴィランだと思え。
戦って勝てるならそれで良し。
実力差が大き過ぎる場合、
逃げて応援を呼ぶのがプロの常識だ。
それを想定した試験内容にしている」

淡々とした声。

無駄のない説明。

その一言一言が、現実として胸に落ちてくる。

(ヴィランだと思え……)

つまり、容赦はない。

「こちらはハンデとして重りをつけている。
スタート位置はここから。ゴールは真っ直ぐ奥だ。
5分後にスタートする」

そう言い残して、相澤先生は背を向け、
建物の陰へと消えていった。

その背中が見えなくなった瞬間、
張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。

「轟くんよろしくね!」

私はすぐに振り向いて声をかける。

「ああ」

短い返事。

いつも通りの落ち着いた表情。

(頼もしいな……)

焦りが見えないその態度に、少しだけ安心する。

「先生相手だとバラけたほうがいいな。
2人固まっていると同時に個性消されるから」

轟くんはすぐに状況を整理していた。

(やっぱり早い……)

私は頷きながら考える。

「確かに2人とも個性を消されて、
捕縛布で捕獲されたらアウトだよね。
近距離は勿論、中距離にも注意しないと…」

視線、距離、位置関係。

頭の中で、いくつものパターンが
浮かんでは消えていく。

「俺が囮になって、氷壁で誘き寄せる。
お前はなるべく光を目立たせずに
ゴールに向かってくれ。
機動力はお前の方が上だ。」

その言葉に、胸が少しだけ跳ねた。

(機動力、上って言ってくれた)

自然と口元が緩む。

「分かった!光ブーツで一直線に向かうね!」

迷いはなかった。

この作戦ならいける。

そう思えた。



5分は、あっという間だった。

静寂の中で、時間だけが過ぎていく。

《スタートー!》

リカバリーガールの合図が響いた瞬間――

私は地面を蹴った。

轟くんとは反対方向へ。

一気に距離を取る。

入り組んだ路地へ飛び込むと、
周囲の景色が一気に変わる。

建物の影、狭い道、死角だらけの空間。

(見られないように……)

最低限。

気配を消すように進む。

そのとき――

ひやり、とした空気が流れ込んできた。

(来た)

見上げると、視界の先に巨大な氷壁が現れていた。

轟くんの合図。

(今だ)

私は一気に光ブーツを発動させる。

足元に光を集め、踏み込むたびに加速する。

さらに、空中だが低めに足場を作る。

連続で踏み、スピードを上げる。

(いける――)

その瞬間。

ふっと、光が消えた。

(しまっ……!)

足場が消失する。

体勢が崩れる。

地面に叩きつけられる前に、咄嗟に受け身を取る。

転がるように一回転して、衝撃を逃がす。

でも、その瞬間に理解した。

(いる……)

近くに。

視線。

「氷壁は囮で、機動力のある星宮が
ゴールに直進…安直な作戦だな」

低い声が、すぐ近くで響いた。

次の瞬間――

捕縛布が体に巻きつく。

「っ――!」

腕、胴、脚。

一瞬で自由を奪われる。

「やっぱり…!ごめん!轟くん捕まった!!」

声を張る。

届くか分からない。

それでも、伝えなきゃいけない。

「お前らは個性単体が強すぎるあまり、
連携が弱い。
もっとお互い協力し合う方法を
模索すべきだったんじゃないか?」

その言葉が、胸に刺さる。

「連携…」

(確かに……)

個性を消されないように離れた。

でも――

(離れすぎた)

完全に分断された今、助け合う距離じゃない。

(ミスった……)

そう思った瞬間、体が持ち上げられる。

気付けば、電柱に吊し上げられていた。

地面から離れ、宙に浮いた状態。

動けない。

「……」

相澤先生はもうこちらを見ていない。

次の標的へ。

轟くんを探しに、すでに動き出している。

(戦力外って判断された……)

その事実が、はっきりと分かった。

「相澤先生行っちゃった…宙ぶらりんだから、
個性だけで脱出しないと轟くんが危ない」

私は小さく息を吐く。

(落ち着いて)

焦るな。

見られてない。

(今なら使える)

体の周囲に広がる光粒子。

それを意識的に集める。

(細く……)

(もっと細く……)

粒子を、捕縛布へと向かわせる。

繊維の隙間へ。

じわじわと入り込ませる。

(入った……)

次は――圧縮。

一点に集める。

無理やりでもいい。

(いける)

一気に、押し込む。

――弾く。

ぱん、と小さな音。

繊維が一瞬広がる。

その隙に、体をひねる。

抜ける。

着地。

「出来た!ちょっと痛かったけど!」

腕に少しだけ痛みが残る。

でも――

(いけた)

前なら出来なかった。

こんな細かい操作。

(これが……)

(整えた光……)

ベストジーニストの言葉が、頭の中に浮かぶ。

私はすぐに光ブーツを発動させる。

地面を蹴る。

「待ってて轟くん!」

ゴールじゃない。

向かう先は――戦場。

仲間のいる場所へ。

私は迷いなく走り出した。









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