「ごめん!捕まった!」
その声は、張り詰めた空気を
切り裂くように住宅街へと響いた。
轟は反射的に足を止めることなく、
すぐさま進路を変え、
近くの住宅の敷地内へと滑り込む。
壁際に身を寄せ、気配を殺す。
(星宮が捕まった…!読まれてたか…!)
最初の作戦は、あまりにもあっさりと崩された。
相澤の判断は速く、そして正確だった。
(どうする…)
助けに行くか、それとも――
一瞬の迷い。
だがすぐに思考を切り替える。
(下手に接触すれば、俺も終わる)
捕縛布、抹消、体術。
どれを取っても真正面から
対処できる相手ではない。
(張られてたら詰む…なら、)
轟はあえて住宅街の中でも開けた場所を選び、
ゴール方向へと走り出した。
「星宮は捨てるのか?」
背後から、低い声が届く。
(来やがった…!)
振り返る間もなく、相澤が迫っていた。
捕縛布を電柱へ引っ掛け、その反動を利用して
空間を滑るように移動してくる。
その動きは無駄がなく、速い。
轟は即座に氷を発生させる。
視界を遮るための氷壁。
だが――
相澤は止まらない。
氷壁の角に捕縛布を引っ掛け、
体を捻るようにしてその上を飛び越える。
距離が一気に詰まる。
「くそ…!」
轟は反射的に炎を出そうとする。
しかし――
出ない。
(抹消…!)
視界に捉えられている。
個性は使えない。
一瞬、負けが頭をよぎる。
その瞬間――
「轟くん!」
別方向から声が飛んできた。
轟が目を向けると、
そこには既に綺羅の姿があった。
相澤に追いついている。
(速い…!)
次の瞬間。
閃光。
強烈な光が一帯を包む。
フラッシュ。
視界が白に塗り潰される。
反射的に、相澤の瞼が閉じられた。
その一瞬。
抹消が途切れる。
「星宮!」
轟の個性が戻る。
即座に炎を放つ。
狙いは当てることではない。
牽制。
距離を作るための一手。
炎を避けようとした相澤の体勢が、
わずかに崩れる。
その隙を――
綺羅は逃さなかった。
「強めに発光させたから眩しいよね先生!」
光粒子が一気に収束する。
空間に散っていた粒子が、形を持つ。
星型。
輪のように連なりながら、一瞬で完成する拘束。
それが相澤の体を捉えた。
動きが止まる。
空中で拘束されたまま、相澤の体が落ちかける。
だが。
綺羅はすぐに粒子を操作し、軌道を制御する。
衝撃を与えないよう、ゆっくりと地面へ降ろす。
丁寧な制御。
精密な操作。
その全てが、一瞬のうちに行われていた。
「拘束されたんだろ?よく脱出出来たな」
轟はそう言いながら、冷静にカフスを取り出す。
躊躇はない。
そのまま相澤の手首に装着した。
金属音が、小さく響く。
試験の決着。
「捕縛布の隙間に光粒子を捩じ込んで破裂させた!
少し衝撃あって痛かったけど平気!」
綺羅はそう言って、屈託のない笑顔を見せる。
まるで何でもないことのように。
だが、その内容は明らかに常軌を逸していた。
精密な操作と判断力がなければ不可能な離脱。
それを、実戦の中でやってのけている。
「星宮を完全に放置した俺の判断ミスだ。
精密操作がここまで正確だとは思わなかった。
それと最後は轟と良い連携が出来ていた」
相澤は淡々と評価を口にする。
捕縛布に顔を半分埋めたまま、
どこか力を抜いた様子。
戦闘の緊張は、すでに解けていた。
「お前らは合格だ」
その一言で、すべてが確定する。
「いえーい!轟くんやったね!」
綺羅は弾むような声で言い、
勢いよく手を差し出す。
ハイタッチを求めて。
だが轟は、その意味が分からず一瞬固まった。
「ハイタッチだよハイタッチ!
喜び合うハイタッチ!!」
綺羅が説明すると、轟は少しだけ間を置いてから、
控えめに手を上げた。
ぱし、と軽い音。
触れた手は、ひんやりと冷たい。
だがその温度差すら、どこか心地よいものだった。
二人の間に、確かな連携の余韻が残っている。
その光景を、相澤は静かに見つめていた。
ほんのわずかに、表情が緩む。
それは、誰にも気付かれないほど微細な変化。
やがて相澤は、そのまま目を閉じた。
試験は、終わった。
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