「軽傷だからいいのに」
そう口にしながらも、
私は自分の腕を軽く見下ろした。
捕縛布から脱出した時に受けた衝撃は
もうほとんど残っていない。
少し違和感がある程度で、
正直なところ治療が
必要なほどではないと思っている。
「相澤先生が行けって言ってただろ」
隣を歩く轟くんは、
いつも通り落ち着いた声でそう言った。
短い言葉だけど、どこか当然のように
付き添ってくれているその姿に、
私は少しだけ肩の力が抜ける。
(真面目だなあ…でも、優しい)
そんなことを思いながら、
私は救護室の扉の前に立ち、
軽く息を整えてからドアを開けた。
「はい、お疲れさま。そこ座んな」
中に入るとすぐに、リカバリーガールが、
こちらを見て手招きしてくれる。
どこか慣れた調子の声に、少し安心する。
「失礼します!」
私は素直に返事をして椅子に座り、
差し出された手に腕を預けた。
次の瞬間、独特の個性の発動。
吸い取られるような感覚と共に、
じんわりと体の奥から疲労が抜けていく。
(やっぱり不思議な感覚だなあ…)
そう思いながら視線を上げると、
轟くんがなぜかこちらに背を向けていた。
(あれ…?)
別に隠すようなことでもないのに、
と思いながらも、なんとなくその理由は
分かる気がして、私は何も言わなかった。
「はい。終わったよ」
「あ、ありがとうございます!」
体が軽くなったのを感じながら、
私はすぐに立ち上がる。
さっきまでの違和感もほとんど消えていて、
動きやすさが全然違う。
ふと部屋を見回すと、壁際にモニターが
いくつも並んでいるのが目に入った。
「ここモニターあるんですね!
見てても良いですか?」
思わず前のめりになって聞くと、
「あたしゃアナウンス係でもあるからね。
静かにするなら良いよ」
と、あっさり許可が出る。
「ありがとうございます!轟くんも見ていく?」
振り返って声をかけると、
「ああ」
短く返ってくるその返事に、
私は小さく頷いてモニターの前に移動した。
映し出されているのは、他の組の試験の様子。
その中でも自然と目がいったのは――
緑谷くんと爆豪くん、
そしてオールマイトの試合だった。
画面越しでも分かる圧倒的な迫力。
(すごい……)
動きの一つ一つに無駄がなく、
力の差は歴然だった。
押されているのは明らかに
緑谷くんと爆豪くんの方。それでも――
(あれ…協力してる…?)
一瞬、そう思ってしまうくらいには、
二人の動きが噛み合って見えた。
「さっきまで2人で喧嘩していたよ。
でも協力し合わないとオールマイトになんて
勝てやしないからね」
リカバリーガールの言葉に、
私は思わず苦笑いを浮かべる。
「やっぱり喧嘩はしてたのか…」
(なんか安心したような、してないような…)
隣では轟くんが腕を組んだまま、
じっとモニターを見ている。
「協力し合っても他の組と比べて厳しいだろ…」
その冷静な分析に、私は小さく息を飲む。
「でも2人ともそれくらい
実力があるって事だよね…」
自然と声が真剣になる。
(私だったら…どうするんだろう)
もし自分があの場にいたら。
あの圧倒的な力を前にして、何が出来るのか。
想像しようとしても、上手く形にならない。
そんな中、画面の中で動きが変わる。
「あ、爆豪くんが囮役かな?」
思わず口に出してしまう。
爆豪くんがデクくんに腕の装備を渡し、
大きな爆発を起こす。
視界を奪って、その隙に――
(逃げる…!)
けれど。
その作戦すら、
オールマイトは真正面から叩き潰した。
圧倒的な速度で距離を詰め、
一瞬で装備を破壊し、爆豪くんを捕まえる。
「うわ…」
思わず声が漏れる。
(痛そう…!)
爆豪くんが乱発する爆発。
けれどそれすら押し切られ、意識を刈り取られる。
――終わった。
そう思った瞬間。
「……!」
緑谷くんが飛び出した。
迷いなく、一直線に。
オールマイトに向かって拳を振り抜き、
そのまま爆豪くんを抱えて走り出す。
(すごい…!)
そのままゴールへ――
「わー!凄いね2人とも!
オールマイトめちゃくちゃ怖かったけど、
緑谷くん爆豪くん助けて逃げ切ったね!凄いね!」
気付けば私は拍手をしていた。
胸が熱くなって、言葉が止まらない。
隣の轟くんに話しかけると、
「ああ」
変わらないトーンで返事が返ってくる。
でもその視線は、
最後までモニターから離れていなかった。
「ほらほら、治療で忙しくなるから
あんたら2人は戻んな!」
「あ、すみません…!ありがとうございました!」
「ありがとうございました」
リカバリーガールに軽く追い出されるようにして、
私たちは救護室を後にする。
廊下に出ると、さっきまでの
静かな空間とは違って、
どこか試験の余韻が残っているような
空気が流れていた。
(みんな頑張ってるなあ…)
自然とそんなことを思いながら、
私は隣を歩く轟くんをちらりと見る。
何も言わないけど、確かに同じものを見て、
同じ時間を共有している。
その距離が、ほんの少しだけ
縮まったような気がした。
その後は、切島くん・青山くんペアと
芦戸ちゃん・上鳴くんペア以外の組は
試験を合格したことを知った。
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