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林間合宿当日。
朝の空気はどこか軽やかで、
けれど胸の奥にはわずかな高揚感があった。

バス停には既にA組の皆が集まっていて、
それぞれが大きな荷物を手にしている。
キャリーケースやボストンバッグが並ぶ光景は、
普段の登校とはまるで違っていて――
それだけで“特別な日”だと実感させられた。

(いよいよ林間合宿かあ…)

そんなことを思いながら歩み寄ると、

「A組のバスはこっちだ。席順に並びたまえ!」

飯田くんの声がよく通る。

その一言で、ばらけていた
クラスの動きがぴたりと揃う。

(やっぱりすごいなあ…)

自然と感心してしまう。

そのすぐ近くでは、明るい声が弾けていた。

「ほんと、ヤオモモ先生様様だよー!
教えてくれてありがとうね!」

三奈ちゃんが身を乗り出すようにして
百ちゃんにお礼を言っている。
筆記の赤点を回避できたことが、
よほど嬉しいのだろう。

「サンキューな!
冬の期末とかでも勉強会してくれよー」

上鳴くんも続く。

「ええ、私でお役に立てるのでしたら、ぜひ!」

百ちゃんは柔らかく微笑み、
頼られること自体が嬉しい様子だった。

(やっぱり百ちゃんすごいなあ…)

あの勉強会の分かりやすさを思い出しながら、
私は小さく頷く。

「教えてもらう前に自分でやれ」

ぴしっとした一言の直後、

「ぐわっ、耳郎お前気軽に蹴んなっつーの!」

上鳴くんが情けない声を上げた。

響香ちゃんは表情一つ変えず、
容赦なく蹴りを入れている。

(容赦ない…)

けれどそのやり取りがあまりにもいつも通りで、
思わず頬が緩んだ。

少し離れたところでは、

「あら、お茶子ちゃん、荷物少ないのね」

「うん、なるべくコンパクトにと思って。
梅雨ちゃんのバッグ大きいねえ!」

「ええ、家にある一番大きなヤツよ。
私も入れちゃうわ」

お茶子ちゃんと梅雨ちゃんの会話は穏やかで、
聞いているだけで少し落ち着く。

(この空気、好きだなあ)

賑やかで、それでいてどこか安心できる。

それがA組の“普通”なんだと思う。

荷物を預け終えた頃、B組もバス停にやってきた。

視線が自然とそちらへ向く。

そして案の定――

「え?A組補習いるの?
つまり赤点取った人がいるってこと!?
ええ!?おかしくない!?おかしくない!?
A組はB組よりずっと優秀なハズなのにぃ!?
あれれれれれえ!?」

(やっぱり来た)

物間くんの声が響いた瞬間、
空気が一瞬だけピリつく。

その直後、迷いのない動きで
拳藤さんが手刀を振り下ろした。

ぴたりと止まる物間くん。

(速い…)

一連の流れがあまりにも自然で、
思わず感心してしまう。

「ごめんな」

拳藤さんは短く謝ると、
そのまま物間くんを引きずって戻っていった。

「物間 怖」

誰かの呟きに、少しだけ空気が緩む。

「体育祭じゃなんやかんやあったけど
まァ よろしくね A組」

「ん」

B組の女子が気さくに声をかけてくる。

(ちゃんと話すと普通なんだなあ)

そんなことを思った矢先、

「よりどりみどりかよ…!」

峰田くんの声に、現実に引き戻された。

(あ、ダメなやつだ)

「お前ダメだぞ そろそろ」

切島くんが冷静に注意する。

本当にその通りだと思う。

「では、皆んな席順で乗り込もう!」

飯田くんの提案に、

「えー」

三奈ちゃんが不満を漏らす。

(自由席がいいよね…)

多くの人が同じ気持ちだったらしく、
空気が少しざわつく。

けれど、

「さっさと乗れ 邪魔だ」

相澤先生の一言で、その流れは一瞬で終わった。

(強い…)

誰も逆らえず、そのままバスへと乗り込む。

結果的に、自然と自由席の形になった。

「綺羅、席どうする?」

三奈ちゃんに声をかけられて、
私は少しだけ考える。

「透ちゃんと2人で座ってていいよ!
私は後ろに座るから、ポッキー後でちょうだい!」

2人はすぐに前の席へ向かっていった。

私はその後ろの席に座る。

前を見ると、三奈ちゃんと透ちゃんが並んで座って
いて、既に楽しそうに話しているのが分かる。

(ほんと仲いいなあ)

その少し後ろに、私は腰を下ろした。

その時。

「隣、いいか?」

落ち着いた声がかかる。

振り向くと、轟くんが立っていた。

「あれ、轟くん?勿論いいよー!」

特に迷うこともなく、私は頷いた。

轟くんが隣に座る。

そのまま反対側の席を見ると、
飯田くんと緑谷くんが並んでいた。

(なるほど…同じ仲良し3人組の余りものか)

状況がすぐに理解できて、少しだけ面白くなる。

「林間合宿楽しみだね!」

思ったままをそのまま口にする。

「そういうもんか?」

轟くんは変わらず落ち着いている。

(ほんとブレないなあ)

「この騒がしい状況は、
皆んな楽しみだからだよ!」

そう言いながら、バスの中を見渡す。

あちこちで笑い声が上がり、会話が弾んでいる。

その光景は、まさに“楽しみ”そのものだった。

轟くんも一度だけその様子を見て、

「そうか」

と静かに頷いた。

(ちゃんと見てるんだ)

その反応に、ほんの少しだけ嬉しくなる。

やがてエンジン音が響き、
バスがゆっくりと動き出した。

林間合宿へ向かう道が、静かに始まる。

(どんな一週間になるんだろう)

期待と少しの緊張を胸に、私は前を向いた。







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