少年


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ポートマフィアの建物内。

静かな廊下を、志賀直哉は一人で歩いていた。

向かいからも、小さな足音が近づいてくる。

志賀は特に気に留めることなく歩き続けた。

相手も避ける様子はない。

そのまま二人は真っ直ぐに歩き
――廊下の中央で、向かい合う形になった。

志賀が足を止める。

目の前に立っていたのは、
以前から何度か見掛けていた少年だった。

白いシャツにハーフパンツ。

片目には白い包帯が巻かれている。

太宰治。

先日、首領の部屋で森に紹介された少年だ。

本来ならば、ポートマフィアの幹部である志賀と
鉢合わせれば、構成員は脇へ避けるのが常識だった。

しかし、この少年はそんなことを知る由もない。

そもそも、自分が避ける必要があるとも
思っていないらしい。

志賀は少年を見下ろし、小さく息を吐いた。

「……森医師は教育がなっていないな。」

「何のこと?」

太宰は首を傾げる。

「幹部と廊下で鉢合わせて、
道を譲ることも知らないのか。」

「ああ、それ?」

太宰は志賀の言葉を聞いても、
悪びれる様子がない。

「僕、構成員じゃないから。」

「……何?」

志賀の眉が僅かに動いた。

「森さんに連れて来られて、
ずっと監視されてるだけだよ。」

「監視?」

志賀はその言葉に引っ掛かった。

まだ子どもと呼んでいい年齢の少年を、
医師が監視している。

普通の付き人という説明とは、
どうにも噛み合わない。

「何故だ。」

「僕がすぐ死のうとするから。」

太宰はあっさりと言った。

まるで、それが特別なことではないかのように。

「だから森さんが目を離さないんだって。」

志賀の表情が、ほんの僅かに曇った。

ほんの一瞬。

太宰が気付いたかどうかも
分からないほどの変化だった。

――死ぬ。

その言葉に、別の男の姿が脳裏を過った。

光のある場所へ行くことを望み、
死を恐れなかった男。

武者小路実篤。

彼もまた、死の先にあるものを信じていた。

志賀はすぐにその記憶を押し込める。

「……そうか。」

それだけだった。

太宰はそんな志賀をじっと見上げていた。

やがて、その口元に僅かな笑みが浮かぶ。

「志賀幹部って、嫌われてるんでしょう?」

志賀の目が太宰へ向く。

「聞いたよ。構成員の人たちから。」

「……。」

「皆、貴方を怖がってる。」

まるで相手の反応を試すような言い方だった。

けれど志賀は怒ることも、
否定することもしなかった。

ただ、太宰を一瞥する。

「好き勝手に生きていれば、当然嫌う奴はいる。」

吐き捨てるような言葉だった。

それ以上、説明するつもりもないらしい。

志賀は太宰の横を通り過ぎる。

すれ違いざま、いつものように短く言葉を残した。

「失敬。」

足音が遠ざかっていく。

幹部に対して不敬な態度を取ったにもかかわらず、
志賀はそれを咎めることもなかった。

太宰はその場に立ったまま、
去っていく背中を見つめている。

やがて、志賀の姿が廊下の角へ消えていく。

それでも太宰は、しばらく振り返ったままだった。








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