友の助言


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「焼き鳥盛り合わせ、お待たせしましたー!」

威勢のいい店員の声とともに、
焼きたての串が盛られた皿が卓上に置かれた。

瀞霊廷の飲み屋街にある居酒屋。
店内には仕事終わりの死神たちが集まり、
酒を酌み交わす賑やかな声があちこちから響いていた。
炭火で焼かれた肉の香ばしい匂いが漂い、
空いた席を埋めるように次々と客が訪れる。
今夜もまた、活気に満ちた夜だった。

その一角で、平子真子と六車拳西は
向かい合って酒を飲んでいた。
二人の手元には、すでに何杯目かも分からない
ビールジョッキが並んでいる。

久しぶりに顔を合わせたこともあり、
話題は自然と互いの近況から始まった。
拳西の相棒である白の話も、その一つだった。
自称・副隊長を名乗る彼女は、相変わらず
隊舎にじっとしていることがないらしい。
現世と尸魂界を行ったり来たりしながら、
気の向くままに過ごしているという。

「それで、白は今も現世に行っとるんか?」

「ああ。あいつは相変わらずだ。
現世に行ったと思ったら、
いつの間にか戻ってきてる。
何をしてるのか、
いちいち把握する気にもならねえ」

拳西は呆れたように言いながら、
ジョッキを傾けた。

現世にはひよ里たちもいる。
白が顔を出せば、自然と彼女たちの近況も
耳に入ってくるらしい。
拳西はその様子を平子に話して聞かせた。
どうやら現世の方は、
今のところ大きな問題もなく、
皆それぞれ平穏に過ごしているようだった。

「そら何よりやな。
向こうもこっちも、平和が一番や」

平子は気楽な調子でそう言い、
運ばれてきた焼き鳥の皿に手を伸ばした。
ねぎまを一本取り上げると、
熱を逃がすように軽く息を吹きかけてから口に運ぶ。

「ほんま、此処も爺さんが変わらず総隊長やっとる
とは思えへんほど緩くなったよな」

「はあ?」

すかさず拳西が呆れた声を返した。

目の前にいる男ほど、緊張感という言葉から
遠い隊長もそうはいない。
普段からどこか気の抜けた態度で、
真面目な話をしていても、
いつの間にか調子を崩される。
そんな平子に瀞霊廷の空気が緩くなったなどと
言われても、説得力があるとは思えなかった。

「なんやねん、その顔」

「別に。お前が言うことじゃねえだろって話だ」

「いやいや、昔に比べたら大分変わったやろ。
隊長連中も丸なったしなぁ」

「それは否定しねえが、お前は昔っからだろ」

「それはそうや」

悪びれもせずに返す平子に、
拳西は小さく息を吐いた。

もっとも、拳西自身も白を
好きにさせているところはある。
副隊長を自称しているとはいえ、
百年以上も自分の傍にいる彼女は、
昔から誰の言うことも聞かない自由人だ。
今さら行動を制限しようとしても、
どうせ聞く耳など持たないだろう。
結局のところ、
好きにさせておくのが一番だと、半ば諦めている。

「まあ、白に関しては
お前も人のこと言えへんやろ」

「もうあれは諦めてる」

「放任主義という名の育児放棄や」

「何が育児だ」

平子の言葉に、拳西は心底嫌そうに言い返した。

平子はそんな反応を面白がるように笑い、
手にしたビールジョッキをぐいっと傾ける。

一通り近況を話し終えたところで、
拳西はふと平子に視線を向けた。
先ほどまでの気安いやり取りとは、
少し違う眼差しだった。

「お前の方はどうなんだよ。
この平和の中、
いつまで流れに身を任せるつもりだ?」

そう言いながら、拳西はハツの串を手に取り、
豪快に齧った。

「何がやねん」

平子はジョッキを置き、
何の話か分からないとでも言いたげに眉を上げる。

「もう死神同士、ましてや隊長同士になれて、
何も阻むもんはねえだろ。
俺らはとっくに気付いてんだぞ」

拳西は食べかけの串を平子へ向けた。

俺ら。

その言葉が誰を指しているのか、
平子にはすぐに分かった。

現世にいる者も含め、
かつて仮面の軍勢として共に過ごした仲間たち。
彼らは皆、とっくの昔から気付いている。
平子が誰を想っているのか。
そして、その想いがどれほど長いものなのか。

百年以上も前から傍で見てきた仲間たちに、
隠し通せるはずもなかった。

それでも平子は何も言わず、
今に至るまで一歩を踏み出さずにいる。
二人を見守ってきた側としても、
そろそろ焦れったさを感じずにはいられなかった。

拳西はそんな思いを込めるように、
平子を真っ直ぐ見据える。

「いい加減、動いたらどうなんだよ」

いつもの酒の席の軽口とは違う、
少しばかり踏み込んだ問いだった。

平子は手にしていたジョッキを傾け、
残っていたビールを飲み干した。

「……お前ら、ほんま余計なお世話やなぁ」

いつもの調子で笑ってみせる。
けれど、拳西は眉一つ動かさなかった。

「余計なお世話だと思うなら、とっとと動け」

「簡単に言うてくれるわ。
お姉さーん!ビールひとつ持ってきてー!」

平子は通りかかった店員に追加注文をした。

「ビール二つで!」

拳西も間髪入れずに自分の分を頼む。

どうやら今夜は、
飲んでとことん詰めるつもりらしい。

平子は苦笑いを浮かべ、
空になったジョッキを卓上に置いた。

「別に、急いどるわけやないんよ」

「百年以上待って、まだ急がねえのか?」

拳西は呆れたように言った。

「そら、百年は待ったというより
待たされたが正しいやろ。
ブランクあんねん、ブランクが」

「何がブランクだ」

すかさず突っ込まれるが、
平子は訂正する気もないらしい。

「昔のあいつと今のあいつは違う。俺かてそうや。
昔の続きみたいに、何もかも分かった気になって
近付くんは違うやろ」

平子は焼き鳥の串を一本手に取ったものの、
口に運ぶことなく指先で弄んでいた。

その言葉には、いつもの軽薄さはなかった。

百年以上という時間は、
二人の間に確かな空白を残した。
かつて知っていた相手と、
今目の前にいる相手は同じではない。
互いに変わったものもあれば、
変わらずに残っているものもある。

だからこそ、昔の続きをなぞるだけではいけない。

平子はそれを分かっている。
分かっているからこそ、
慎重になっているのだろう。

「久しぶり〜。お待たせ〜。
そんじゃ付き合おっか〜。」

平子はわざとらしく声色を変え、
串を揺らしながら茶化した。

「お前なぁ……」

呆れたように息を吐いた拳西は、
改めて平子を見据える。

「あれからもう一年経つんだから、
その言い訳も通用しねえぞ」

「お前、そんなお節介やったか?」

平子は少し意外そうに眉を上げた。

拳西がここまで踏み込んでくるとは
思っていなかったのだろう。

「恋愛のアドバイスなんざ、
柄じゃねえし興味もねえ。
でもな、お前らは互いに意識してる癖に
見ないふりして、
いつまでももどかしくしてんのが
見てて苛々するんだよ」

拳西が言い切ったところで、
ちょうど店員が注文したビールを運んできた。

「お待たせしましたー!ビール二つでーす!」

「おう」

拳西はジョッキを受け取ると、
冷えたビールを一気に煽った。
そして、ダンッと勢いよく卓上に置く。

「いつまでも様子見してんじゃねえよ」

その言葉に、平子はわずかに目を伏せた。

「……分かっとるわ」

そう呟いて、自分も新しいジョッキに手を伸ばす。
冷えたビールを口に含み、喉へと流し込んだ。

「本当に分かってんのか?」

「うるさいなぁ。お前は俺のおかんか」

「誰がお前の母親だ」

いつもの調子で言い返す拳西に、
平子は肩を揺らして笑った。

それからも二人の夜は長かった。

恋愛の話ばかりをしていたわけではない。
隊のこと、かつての仲間たちのこと、
現世での出来事。話題は尽きず、
酒を飲んでは語り、また飲んでは熱く語り合った。

けれど、話がひと段落した頃、
拳西が最後に口にした言葉は、
平子の耳にしつこく残っていた。

「そこら辺の男にかっさられても知らねえからな」

余計なお世話や。

そう返すことはできたはずなのに、
今夜はどうにも言葉が出てこなかった。

平子は空になったジョッキを眺め、
ひとつ息を吐く。

百年以上待った。

いや、待たされた。

けれど、これ以上ただ待っているだけでは、
何も変わらないことも分かっている。

拳西の言葉を胸の片隅に残したまま、
今夜の飲み会はお開きとなった。







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