かつて
*
あれから、紫乃は倉庫街へは行かなかった。
無事だった、という言い方は
正しくないのかもしれない。
けれど、あの日、尸魂界から姿を消した
死神たちが皆、生きている。
それだけが、紫乃にとっての救いだった。
平子に言われた通り、
仮面の軍勢へ接触すれば、
互いに不利な状況になる。
だからこそ、今は彼らに近づかない。
自分も、強くなるしかなかった。
「地下の修練場ですか?」
浦原は、紫乃から地下の修練場を使いたいと
申し出られると、目を丸くした。
「うん。駄目かな?」
「いやいや、駄目どころか全然問題ないっスよ」
浦原商店には、いつの間にか
大所帯が居候するようになっていた。
浦原喜助、握菱鉄裁、紬屋雨、
花刈ジン太、四楓院夜一。
そこへ阿散井恋次と茶渡泰虎、
そして紫乃まで加わっている。
大人五人と小さな子どもが二人に、猫が一匹。
茶の間は少々手狭になったものの、
不思議と居心地は悪くなかった。
紫乃もすっかり、
この賑やかな生活に馴染んでいた。
「はい、紫乃さん」
鉄裁から受け取った茶碗を、
紫乃は円卓へ並べていく。
その様子を眺めながら、浦原が尋ねた。
「修練場は広いんで問題ないっスけど……
今まではどうされてたんで?」
「乱菊の修行に付き合ってたんだけど……
斬魄刀と喧嘩し始めちゃって」
「喧嘩?」
「うん。だから、ちゃんと対話をしなさい
ってことになったの」
「なるほど」
浦原は納得したように頷いた。
すると、それまで黙って話を聞いていた恋次が、
すぐさま身を乗り出す。
「じゃあ、紫乃さん!
俺らとやりましょうよ!」
やる気に満ちた顔だった。
「紫乃さん相手なら、
俺ももっと磨きが掛かるぜ!」
「それは――」
紫乃が返事をするより先に、
別の声が割って入った。
「いや、紫乃はワシが見てやろう」
「え?」
その瞬間、紫乃の目の前で、
ぼわん、と白い煙が立ち込めた。
煙が晴れる。
そこに立っていたのは、
人の姿へ戻った夜一だった。
「夜一さんが?」
紫乃は驚いて、手にしていた箸を止める。
夜一は腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。
「二度も敵にやられたとあっては
――相当、鈍っておると見える」
「……」
「その根性、叩き直してやるわ」
「えぇ……」
紫乃の表情が、僅かに引きつる。
浦原はそんな二人を眺めながら、
「あらら〜」
と、口元を扇子で隠した。
流石の紫乃も、夜一を相手にするとなれば
骨が折れる。
だが、それだけに修行相手としては申し分ない。
紫乃自身、それは十分に身に染みていた。
二番隊にいた頃、どれほど夜一に
振り回されたことか。
何度も厳しい修行を課され、
何度も叩きのめされた。
それでも――。
あの頃に戻れるような気がした。
厳しい修行になることへの不安よりも、
かつての師とも呼べる夜一と、
再びこうして肩を並べられることへの
嬉しさの方が勝っていた。
紫乃は静かに箸を置く。
そして、夜一へ向き直った。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
夜一は満足そうに笑った。
「うむ。よい返事じゃ」
その声を聞いた紫乃の顔にも、
自然と笑みが浮かんだ。
今度こそ。
失わないために。
そして、藍染惣右介を倒すために。
紫乃は、新たな鍛錬へ踏み出そうとしていた。
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