残された者


*





十三番隊隊舎へ戻った紫乃は、
執務室にて浮竹へ現世での出来事を報告していた。

浦原喜助と接触したこと。

破面たちによる襲撃と彼らの特徴。

そして、現世で確認された一連の状況。

ただし――
仮面の軍勢についてだけは、口にしなかった。

彼らとの間には、今も複雑な事情がある。

少なくとも、紫乃自身が
話すべきことではないと判断していた。

一通りの報告を終えたところで、
紫乃はもう一つの話を切り出した。

「それと、もう一つご報告があります」

「うん?」

「総隊長直々の頼みで、
明日から雛森副隊長の修行相手を
務めることになりました」

その瞬間。

浮竹の表情がぱっと明るくなった。

「紫乃が雛森副隊長の……それは良かった」

「……そんなに喜ぶことですか?」

思わず紫乃が笑ってしまう。

浮竹は嬉しそうな表情のまま、
侍女が淹れた茶を一口飲んだ。

「もちろんだよ。紫乃も長いからな。
後輩の育成に協力的なのは良いことだ」

「そうですね」

紫乃も湯呑みを手に取る。

「明日から一番隊隊舎に出入りしますので、
至急のものがあれば清音たちにお願いします。
二人にも伝えてありますので」

「分かった。こちらは任せてくれ」

浮竹は穏やかに笑った。

その表情を見ながら、
紫乃もまた湯呑みに口をつける。

「時間もありませんし、
即戦力になれるように協力するつもりです」

そこで、紫乃の表情が僅かに曇った。

「……ただ、先月まではまだ
藍染に固執していたようですから。
心の整理がついているのか、そこも問題ですね」

紫乃は目線を落とし、湯呑みを座卓へ置いた。

浮竹は少し考えるように紫乃を見つめ、
それから静かに頷いた。

「うん。それは総隊長が仰る通り、
紫乃の判断で良いだろう」

「……」

「お前は、誰よりも藍染を倒したいはずだ。
それを邪魔する者を、歓迎はしないだろう?」

紫乃は黙って頷いた。

「総隊長も、同じようなことを仰っていました」

湯呑みへ視線を落とす。

「百一年前を知る死神は、
もう少ないですから……」

その声には、僅かな寂しさが滲んでいた。

浮竹は何も言わなかった。

紫乃が藍染を恨む理由は、
護廷十三隊を裏切ったことだけではない。

百一年前。

あの事件で、紫乃の身近にいた者たちは
次々といなくなった。

大切な仲間たち。

特に、紫乃が心を許していた者たち。

その全てを失った痛みを、浮竹は知っている。

だからこそ、紫乃が誰よりも
傷ついていたことも知っていた。

総隊長がどこまで把握していたのかは分からない。

それでも――。

多少なりとも、その事情を知っていたからこそ、
雛森を紫乃に託したのだろう。

紫乃は仲間を大切にする。

けれど、戦場では感情だけに
流される人間ではない。

隊長へ昇格していても、
何ら不思議ではないほどの実力もある。

だからこそ、総隊長は判断を委ねた。

そして浮竹もまた、分かっていた。

紫乃の心は、百一年前からずっと、
あの日の場所に取り残されたままだった。

藍染惣右介という存在と、
いつか決着をつけなければならない。

その時が、ようやく来たのだ。

――今回の戦いが終われば。

長い間、温かく見守ってきた紫乃を、
いつまでも子供のように
気に掛けることもなくなるのかもしれない。

そんなことを考えながら、
浮竹は紫乃を見つめていた。

しかし、そんな浮竹の胸中を知る由もなく、
紫乃はふと顔を上げた。

「そういえば、ルキアは……」

連れ戻された時から浮かない顔をしていた
ルキアを思い出す。

「どこにいるか、ご存じですか?」

「ああ、朽木なら修練場に行ったよ」

浮竹は少し困ったように笑った。

「休んだ方が良いと伝えたんだが……
どうにも落ち着かないらしい」

「そうですか……」

紫乃は少し考える。

「少し、様子を見てきます」

そう言って、座布団から立ち上がった。

「紫乃も明日に備えて、早めに休めよ」

背中から、浮竹の優しい声が掛かる。

紫乃は振り返り、小さく笑った。

「はい。浮竹隊長も」

そう答えて、紫乃は執務室を後にした。

静かに閉じられた扉を見つめながら、
浮竹は一人、紫乃の去った廊下を見つめていた。

長い年月を共に過ごしてきた。

だからこそ――。

この戦いが終わった時、
紫乃がどんな顔をしているのか。

それだけが、浮竹には気掛かりだった。







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