追憶


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この日は、護廷十三隊十二番隊隊長・曳舟桐生の
昇任に伴い、元二番隊第三席・浦原喜助が
十二番隊隊長へ昇任する式典が執り行われる日だった。

各隊の隊長・副隊長たちが一番隊隊舎へ赴き、
式典に参列する中
――二番隊隊舎は、いつもと何ら変わらなかった。

隠密機動と護廷十三隊、
それぞれの業務が滞ることなく進められ、
隊士たちは忙しなく隊舎内を行き交っている。

「花房三席!」

廊下を歩いていた紫乃は、
呼び止められて足を止めた。

振り返ると、一人の隊士が
書類を抱えて立っている。

「現世での調査報告書です」

「ありがとう。ご苦労様」

紫乃は柔らかく笑いながら書類を受け取った。

第四分隊――飛諜隊の隊長でもある紫乃にとって、
現世から上がってくる報告書は日常的なものだった。

隊士は深く頭を下げると、
次の瞬間には瞬歩でその場から姿を消す。

「花房三席!」

間を置かず、今度は別の隊士が声を掛けてくる。

「地下特別檻理棟の管理についてですが……」

「あ、それはこの指示書通りにお願い」

紫乃は手にしていた指示書の束から
一枚を抜き取り、隊士へ差し出す。

「はい!」

隊士が受け取った直後、さらに別の声が飛んだ。

「花房三席、夜一様宛に会食のお申し出が――」

「うん。目を通しておくね」

今度は差し出された手紙を受け取る。

受け取って。
確認して。
指示を出して。
また次の書類を受け取る。

それを何度も繰り返しながら、
紫乃は両手いっぱいになった書類を抱えて
執務室へ戻った。

机の上に書類を置く。

大量の書類が積み重なっているにもかかわらず、
机の上は不思議なほど整然としていた。

種類ごとに分けられた書類。
処理済みのものと未処理のもの。
確認が必要なもの。

どこに何があるのか一目で分かるよう
整理されており、作業をするための場所も
しっかりと確保されている。

紫乃は椅子に腰を下ろすと、
すぐに一番上の書類へ手を伸ばした。

――しかし。

「花房三席、一番隊から書類が届いております」

「ありがとう」

また隊士がやって来る。

紫乃は書類を受け取りながら、
別の書類を手に取った。

「これを一番隊三席に渡して。
この書類は四番隊三席にお願い」

「分かりました」

紫乃は書類に目を通しながら、素早く認印を押す。

それを隊士へ返すと、
隊士は軽く頭を下げて執務室を出ていった。

ようやく静かになった。

「ふぅ……」

紫乃は小さく息を吐く。

そして再び筆を走らせた。

署名を書き、認印を押す。
次の書類へ目を通し、必要事項を確認する。

その動きには一切の無駄がない。

今頃、浦原喜助は十二番隊隊長として、
隊長等の前で挨拶でもしているのだろう。

紫乃はふと、筆を止めた。

まさか、二番隊の第三席だった男が、
別の隊の隊長になるとは思ってもいなかった。

初めて本人から聞かされた時は、
さすがに驚いたものだ。

けれど――驚きはしたものの、
どこか納得するところもあった。

浦原喜助という男は、ある意味では
隠密機動の中でも異質な存在だった。

何かを知りたいと思えば、とことん追いかける。

興味を持ったことには躊躇なく踏み込み、
必要とあれば自ら動く。

その探究心と行動力は、隠密機動という
組織の中にいるには少々目立ちすぎるほどだった。

だからこそ、隊首試験にも合格したのだろう。

「……喜助なら、隊長になっても変わらなさそう」

紫乃は小さく呟いて、また書類へ視線を戻す。

もっとも――。

浦原は事務仕事を後回しにする人間だ。

そのため、彼が三席として担当していた頃から、
紫乃が処理していた業務量はさほど変わっていない。

彼が隊長となったことで、
元々彼が担当していた第三分隊――檻理部隊の業務まで紫乃が兼任することになった。

本来ならば、紫乃が第三席として
檻理部隊を引き継ぎ、
飛諜隊は次の席官へ引き継ぐはずだった。

しかし、第四席に上がる予定だった
五席が、昨年の任務で殉職している。

現在は後任を選任している最中。

そのため、紫乃がそのまま飛諜隊を
兼任することになった。

仕事が速い。

正確で、手を抜かない。

結果として、紫乃一人で業務が回ってしまう。

――それも、それで問題なのだろう。

「はぁ……」

再び筆を走らせる。

けれど、しばらくすると紫乃の手が
ぴたりと止まった。

「……餡蜜が食べたい」

ぽつり。

紫乃は筆を置き、頬杖をつく。

仕事そのものが嫌なわけではない。

任された仕事をこなすことは苦ではないし、
むしろ得意な方だと思っている。

ただ――。

「甘味を味わう時間がないのは、
問題だと思う……」

真剣な顔で呟いた。

その日の紫乃にとって、
それはかなり重大な問題だった。

隊長や副隊長たちが戻ってきたら、
すぐにでも抗議してやろう。

そう心に決めながら、紫乃は再び
書類の山へと向き直った。

その表情は真面目そのものだった。







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