ありふれた日々
*
午後になると、隊長の四楓院夜一と
副隊長の大前田希千代が一番隊から戻ってきた。
紫乃は預かっていた書類を大前田へ渡すと、
そのまま隊首室へと向かう。
扉の前で一度足を止め、
「夜一様、入りますよ」
そう一声掛けてから、静かに扉を開けた。
「おお、紫乃! 留守番ご苦労じゃった!」
中へ入った紫乃を迎えたのは、
隊首室の立派な座椅子に足を広げ、
湯呑みを片手にすっかり寛いでいる夜一だった。
紫乃は特に気にすることもなく、
そのまま部屋の中へ入る。
「式典、お疲れ様でした」
立ったまま、手にしていた書類を確認する。
「阿万門家より会食のお申し出がありましたが、
如何されますか?」
阿万門家。
上流貴族の一つであり、
四大貴族の一角を担う四楓院家と
良好な関係を築こうとする貴族は少なくない。
そのため、夜一のもとには時折
こうした会食の申し出が届く。
もっとも――。
「断っておけ」
夜一は即答だった。
「承知しました。では、
そのように返答しておきます」
紫乃は慣れた様子で手紙をしまう。
そして、ふと思い出したように顔を上げた。
「そういえば……喜助の隊長姿、どうでしたか?」
単純な興味から尋ねる。
夜一は湯呑みを傾けながら、
思い出すように目を細めた。
「ああ。早々に遅刻ぎりぎりで、
冷や汗をかいておったわ」
「え……」
思わず声が漏れた。
――やはり、あの男は
隊長になっても変わらないらしい。
紫乃が呆れ半分に思っていると、
夜一は楽しそうに笑った。
「ヘコヘコ謝りよってなぁ。
全く、部下に舐められぬよう
鍛え直してやりたいところじゃが……」
そこで、夜一の声が僅かに落ちる。
「もう、対等になったからの」
夜一は笑みを浮かべたまま、
ほんの少しだけ視線を伏せた。
その表情には、どこか寂しさが滲んでいた。
これまで自分の部下だった男が、
今日からは一つの隊を預かる隊長になる。
それは喜ばしいことなのだろう。
けれど同時に――今までとは違う
距離になるということでもある。
「彼奴がどうにかするしかあるまい」
そう呟いて、夜一は再びいつもの笑顔に戻った。
「お主も一度、見てくるが良い。
昇格祝いも兼ねてな」
「そうですね。今度、
十二番隊に顔を出そうと思います」
紫乃も頷く。
そして、にこりと微笑んだ。
「そのためにはまず
――夜一様には、仕事を進めていただかないと」
「……」
紫乃は抱えていた分厚い書類の束を、
夜一の前へ差し出した。
夜一の目が、僅かに見開かれる。
「おっと」
次の瞬間。
「そういえば、卯ノ花隊長に
祝い酒へ誘われとるんじゃった」
「……」
あまりにも白々しい。
「それでは、行ってくるかの!」
「夜一様――」
夜一が立ち上がった。
そして、次の瞬間には――
「さらばじゃ!」
瞬歩。
姿が消える。
「……あ!」
紫乃が目を見開く。
「夜一様!!」
明らかに逃げるための口実だった。
紫乃もすぐさま書類を抱え直すと、
瞬歩で後を追う。
だが――。
瞬神・四楓院夜一の瞬歩に、
そう簡単に追いつけるはずもない。
「夜一様、待ってください!」
「待てと言われて待つ奴がおるか!」
「仕事をしてください!」
「祝い酒も大事じゃ!」
「まだ昼間ですよ!」
「はっはっは!」
結局、紫乃はこの日も夜一を
追いかけ回すことになった。
二番隊の仕事は厳格で、
隠密機動は規律を重んじる。
けれど――。
この頃の紫乃の日常は、
そんな言葉とは程遠かった。
真面目に仕事をこなし、
隊士たちから信頼される一方で。
自由奔放な隊長に振り回され、
今日もまた、瀞霊廷の廊下を二人で駆け回る。
それが、百十年前の花房紫乃の日常だった。
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