立場
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十二番隊隊舎の玄関で草履を履き、
紫乃は立ち上がる。
そして振り返り、浦原へと視線を向けた。
「平子隊長と猿柿副隊長、雰囲気が似てますね」
隊士たちが行き交う玄関では、
さすがに二人きりの時のような
砕けた口調は使わない。
紫乃はいつもの三席らしい敬語に戻していた。
「仲が良いみたいで、僕にというより、
猿柿副隊長ともお話ししに来てるみたいっス」
浦原はそう言って、楽しそうに笑った。
確かに、平子とひよ里のやり取りを思い返せば、
二人の間にあるものは単なる上官と部下という
関係ではなさそうだった。
紫乃は、ふと考える。
二番隊にいた頃の浦原は、
規律の厳しい隊の中で、何かと浮いていた。
夜一はそんな浦原を面白がっていたが、
他の隊士たちからすれば、
決して扱いやすい男ではなかっただろう。
けれど――。
今の浦原は、以前よりもずっと
生き生きとしている。
堅苦しい二番隊よりも、
こうして自由に動ける十二番隊の方が、
浦原には合っているのかもしれない。
「また時間ができたら来ますね。浦原隊長」
「夜一さんによろしくっス」
「うん」
浦原は笑って手を振った。
「じゃあ、また」
紫乃も手を振り返す。
隊長という立場になっても、
こうして変わらず接してくれる。
そのことが嬉しい反面、
紫乃の胸には僅かな心配も残っていた。
果たして、この調子で本当に大丈夫なのだろうか。
けれど、それもきっと――浦原喜助なのだ。
紫乃は小さく笑って、十二番隊隊舎を後にした。
「五番隊には何度か出入りしていたけど……」
歩きながら、紫乃は先ほどの平子の顔を
思い浮かべる。
「藍染副隊長にお会いするくらいで、
ちゃんと顔を合わせるのは初めてだったな……」
仕事で五番隊へ書類を届けに
行くことは何度もあった。
三席として、各隊との連絡や書類の
受け渡しをする機会も少なくない。
けれど、五番隊の隊舎で
紫乃が顔を合わせる上官は、
たいてい藍染副隊長だった。
平子隊長本人とまともに話したことは、
これまでほとんどなかった。
けれど、こうして十二番隊に
出入りしている姿を見ると、
それも当然なのだと納得できる。
きっと平子は、こうして時折、
他の隊長たちのところへ顔を出しているのだろう。
「……夜一様と同じだ」
紫乃は、あちこちへ出掛けては
人を振り回している自分の上官を思い出した。
「どこの隊も、大変そうだなぁ……」
小さく呟いて、
紫乃は二番隊への道を歩いていった。
一方その頃。
紫乃が十二番隊を出た後、
浦原は隊首室前の縁側へと戻っていた。
「お待たせしてすみません、平子隊長」
「急に来たんや。かまへん、かまへん」
平子はそう言いながら、
手にした湯呑みを持ち上げる。
「茶ぁ頂いてんで」
どうやら、すっかりくつろいでいるらしい。
その傍らには、紫乃が買ってきた
栗羊羹の箱も置かれている。
すでにいくつか切り分けられており、
どうやら平子も口にしたようだった。
先ほどまで繰り広げられていた、
ひよ里との小競り合いも終わったらしい。
当の本人の姿は、もう見えない。
「追い出したみたいになって、ごめんな」
平子はそう言ったものの、
その表情にはさほど申し訳なさそうな色はない。
「いえ。ちょうど帰ろうと、
区切りが良かったみたいなんで大丈夫っスよ。
忙しい人なんで」
浦原は笑いながら、平子の隣に腰を下ろした。
「育ちが良うて、
しっかりしてそうな子やったもんな」
平子はそう言って湯呑みを啜る。
そして、何気ない調子で口にした。
「ガールフレンドなんやろ?」
「ぶっ……!」
浦原は思わず茶を吹き出しかけた。
「あははは!違うっスよ!」
慌てて口元を拭いながら、浦原は笑う。
「紫乃さんには、二番隊でよくしてもらって。
仲の良い同僚って感じっス」
「へぇ」
「こんなこと言うと、
ひよ里さんにまた怒られそうっスけど」
浦原は頭を掻きながら苦笑した。
「ええんちゃう?」
平子はあっさりと言った。
「本人らが良ければ」
「……」
「俺らも、ひよ里は敬ってへんし」
平子は指を一本立てる。
「京楽隊長んとこのリサも、そんな感じやろ」
もう一本。
「拳西んとこの白も、
自分も他所の隊も敬語使わんし」
さらに一本。
「今の十三番隊なんか、過去一緩いんちゃう?」
指を折りながら挙げていき、
最後には呆れたように肩を竦める。
浦原は思わず笑った。
確かに、言われてみればそうだ。
隊長、副隊長という立場に関係なく、
遠慮なく言葉を交わす者たち。
規律を重んじる瀞霊廷の中では、
決して模範的とは言えない。
それでも――。
平子は、それを無理に正そうとはしない。
分かっているのだ。
厳しくしようと思えば、いくらでもできる。
けれど、堅苦しい関係を作ったところで、
隊士たちの本音が見えなくなれば意味がない。
上に立つ者が必要なのは、
恐れられることではない。
下にいる者の気持ちを汲み取ったとしても
けれど同時に、
相手の顔色を窺い続けることでもない。
必要な時には、自分の判断を貫く。
その線引きを、平子はよく理解しているのだろう。
だからこそ――。
浦原が十二番隊隊長に就任した日。
平子は彼に、あの言葉を掛けた。
下の者の気持ちは汲み取ったとしても、
だが、顔色まで窺うな。
その言葉に背中を押されるように、
浦原は今、十二番隊で自分らしく動いている。
隊長になったばかりの男は、
湯呑みを手にしたまま、
どこか楽しそうに笑っていた。
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