出会い
*
「其方は、落ち着いたんスか?」
浦原は、隊長になった今も砕けた敬語が
すっかり癖になっているらしい。
結局そのままの調子で話し始めると、
紫乃が持ってきた栗羊羹を
部下に切り分けてもらい、
二人は縁側で茶を飲みながら
それをいただいていた。
「うん。空席も埋まったし、
引き継ぎもできたから。
やっと落ち着いて、お祝いに来られたよ」
紫乃も、二人きりなら問題ないだろうと、
二番隊にいた頃と変わらない話し方をしていた。
本来、隊長に対して三席が
このような口を利くのは、
処罰の対象になってもおかしくない
無礼な行為だ。
けれど、当の本人が気にしていないのなら、
今さら取り繕う必要もない。
紫乃は切り分けられた栗羊羹を一口、口に運んだ。
栗の素朴な甘さと、
羊羹の上品な甘さがほどよく重なる。
その甘さを追うように、
紫乃は湯呑みに手を伸ばした。
「喜助は、もう隊長には慣れた?」
「まあ、ぼちぼちっスかねぇ」
「部屋の機械は何を作ってるの?」
そう言って、紫乃は振り返る。
隊首室の奥には、和室にはあまりにも
不釣り合いな機械が並んでいた。
見慣れない金属の部品。
複雑に絡み合った管。
何に使うのかも分からない装置。
そのどれもが、浦原が隊長になったことを
きっかけに、これからさらに
増えていきそうな気配を漂わせている。
「色々と研究したいことがあって、その準備っス」
浦原は楽しそうに機械の方へ目を向けた。
「それに、隊長って良いっスよ。
隊の資金を自由に使えるんで!」
「……」
紫乃は一瞬、言葉を失った。
そして、ふっと苦笑する。
「二番隊にいた頃は、夜一様は許してくれても、
他の隊士からは嫌われていたもんね」
「あー……」
浦原も思い当たる節があるらしく、苦笑した。
二番隊にいた頃の浦原は、
何かと仕事を増やし、何かと妙な研究を始め、
そのたびに周囲から怒られていた。
もっとも、夜一だけは面白がっていたが。
「玄関で猿柿副隊長にもお会いしたけど……」
紫乃は先ほどの出来事を思い出し、
少し困ったように眉を下げる。
「私の来訪、あまりよく思われていないみたい」
「ああ、ひよ里さんは僕にも当たり強いっスよ!」
浦原は困ったように笑った。
「いきなり隊長が交代したもんで、
不満があるみたいっス……」
そう言って、湯呑みを一口傾ける。
その表情には、ひよ里に対する苛立ちよりも、
むしろ仕方がないと受け止めているような
柔らかさがあった。
「僕も、どうしたらここの人達と
仲良くできるかなーって、
色々模索してたんスけどね」
「うん」
「そしたら、平子隊長から
アドバイスをいただきまして」
「平子隊長に?」
紫乃が目を瞬かせる。
平子真子。
五番隊隊長である。
なぜ他所の隊長が、
十二番隊に着任したばかりの
浦原に助言をするのだろう。
そんな疑問が顔に出ていたのか、浦原は笑った。
「それからは、あんまり気にせず
自由にやらせてもらってるっス」
「……そう」
浦原は実に楽しそうだった。
その様子を見て、紫乃も小さく笑う。
「平子隊長と、そんなに仲良くなったの?」
「まあ、仲良く……というか」
浦原が何かを言いかけた、その時だった。
「喜助えー、いてんかー?」
隊舎のどこかから、ゆったりと伸びた
関西弁が響いてきた。
その声を聞いた瞬間、
浦原の表情がぱっと明るくなる。
「噂をすれば、平子隊長っスね」
「……ほんとだね」
紫乃は少し驚いた。
他所の隊長が、こうも気軽に
顔を出すものなのだろうか。
「そしたら、私はお暇しようかな」
紫乃は湯呑みを置き、立ち上がる。
「夜一様の訓練指導が終わる前に戻らないと。
あの人、私がいないと事務仕事しないから」
「ああ、そういうことなら」
浦原も立ち上がりかける。
「でも、平子隊長もそんなお堅い人じゃないんで、
気にしなくていいっスよ」
「そう?」
紫乃が首を傾げた、その時――。
玄関の方から、
今度はひよ里の怒鳴り声が響き渡った。
「また来たんかハゲ真子!暇潰しに来んな!
お前と違って暇やないねん!!」
「お前に会いに来たんやないんですー!
喜助に会いに来たんですー!!」
「何やねん、その言い方!」
「どつくなアホ!」
二人の声が入り乱れる。
さっきまでの穏やかな縁側が、
一瞬にして騒がしくなった。
やがて、ドタドタと足音が近づいてくる。
廊下の角から現れたのは、平子真子。
そして、その後ろから平子の背中を小突きながら
追いかけてくる猿柿ひよ里だった。
「おったおった。よー、喜助ぇ。
茶しに来てんでー……って、何や。先客か?」
平子は足を止め、浦原と紫乃を見た。
「お疲れ様っス、平子隊長」
浦原が柔らかく笑って頭を下げる。
「真子でええって言っとるやろ」
平子は少し不満そうに言った。
「お疲れ様です、平子隊長」
紫乃も続いて、丁寧に頭を下げる。
「お疲れさん」
平子はそう返してから、紫乃へ視線を向けた。
「……って、二番隊のもんやんけ」
「昇任祝いに、差し入れを
持って来てくださったんスよ」
浦原が説明する。
「栗羊羹。平子隊長も食べますか?」
「へー」
平子が感心したように紫乃を見る。
「丁寧なやっちゃな」
「いえ、私はこれで失礼します」
紫乃は改めて頭を下げると、
平子の横を通り過ぎる。
「紫乃さん、玄関まで送るっスよ」
浦原もすぐに後を追った。
「何で隊長が三席に敬語つこうてんねん!
しばくぞ!」
ひよ里が即座に食ってかかる。
「お前も隊長を敬えや」
平子が呆れたようにひよ里を見下ろした。
「つい癖で……!」
浦原は頭を掻きながら苦笑する。
「平子隊長、すぐ戻りますんで。
縁側で休んでてください」
そう言って軽く会釈した。
「分かった分かった。はよ行ってこい」
「はい」
紫乃も振り返り、二人へ頭を下げる。
「平子隊長、猿柿副隊長、お疲れ様です」
「おう」
「……フン!」
返事を聞きながら、
紫乃は渡り廊下の角を曲がっていく。
隊長になったばかりの男は、いつもの調子で笑う。
その背後では、すでにひよ里と平子の
言い合いが再開していた。
十二番隊隊首室には、
今日も落ち着いた時間など訪れそうになかった。
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