友


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甘味処を出た紫乃が瀞霊廷の通りを歩いていると、
不意に背後から声を掛けられた。

「紫乃」

足を止め、振り返る。

そこに立っていたのは、
古くからの友人――志波海燕だった。

「よっ」

海燕は片手を上げ、
いつもの気さくな調子で挨拶をする。

「海燕、こんな所でどうしたの?」

紫乃は自然と身体の向きを変え、
海燕へと歩み寄った。

「少し散歩をしてた」

そう言いながら、海燕も紫乃の方へ歩いてくる。

志波海燕と花房紫乃は、
真央霊術院の頃からの同期だった。
入隊した時期も同じ。

数少ない同期の一人だからこそ、
二人の間には長い付き合いからくる気安さがある。

瀞霊廷で顔を合わせれば、何となく声を掛ける。
そのまま他愛もない話をして、
またそれぞれの仕事へ戻っていく。

それが、いつの間にか二人にとって
当たり前になっていた。

海燕は後ろへ視線を向ける。

「お前、またあそこの餡蜜か?」

親指で示された先には、
先ほど紫乃が立ち寄った甘味処がある。

「うん。仕事がひと段落したから、
食べたくなって」

「相変わらず好きだなー、あそこ」

何度か紫乃に連れて行かれた甘味処を
思い出したのか、海燕はくしゃりと笑った。

その自然な笑顔を見て、紫乃はふと
何かを思い出したように視線を落とす。

「どうした?」

海燕が首を傾げる。

紫乃は少し考えてから、顔を上げた。

「ねぇ、私って甘い物を食べてる時、
顔に出やすい?」

「……はあ?」

あまりにも唐突な質問に、
海燕は思わず肩を落とした。

「どうなの?」

紫乃は真剣な顔で問い返す。

どうやら、先ほど平子に「自分も食べたくなるほど
美味しそうに食べていた」と言われたことが、
思いのほか気になっているらしい。

海燕は「あー……?」と唸りながら、
紫乃が好物を食べている時の姿を
思い出そうとふと空を仰いだ。

そして思い出したように笑みが溢れる。

「確かに、表情は柔らかいかもな」

そう言って、海燕は紫乃を見下ろす。

「そんなもの?」

紫乃は首を傾げた。

好物を食べていれば、誰だって多少は
笑顔になるものではないのか。

そんな疑問が顔に出たのか、海燕は逆に尋ねる。

「何かあったのか?」

「通り掛かった平子隊長が、
自分も食べたくなるほど美味しそうに
食べていたって仰ってて……」

紫乃は困ったように眉を下げ、
自分の頬にそっと触れる。

「そんなにだらしない顔をしてたのかと思って、
ちょっと心配になったの」

「ああ、そういうことか」

海燕はようやく話の流れを理解したように頷いた。

しかし、そこで別の疑問が浮かぶ。

「お前、平子隊長と関わり合ったっけ?」

「ちゃんとお話ししたのは、ついさっきが初めて」

紫乃は先ほどの出来事を思い返しながら答える。

「浦原隊長と仲が良いみたいで、
以前にもお会いしたことはあるけど……
部下にも優しそうな隊長だったよ」

「へー」

海燕はそれだけ言って、
特に追及することもなく頷いた。

その反応が妙に海燕らしくて、紫乃も小さく笑う。

そろそろ自分も戻ろうか。

そう紫乃が考え始めたところで、
海燕がふと思い出したように口を開いた。

「表情の出やすさで、
一つ助言しておくとすれば――」

「うん?」

紫乃が海燕を見る。

海燕は少しだけ困ったように笑った。

「お前、酒を飲むと別人だからな。
そこだけは唯一、気をつけた方が良いと思うぜ」

「……お酒?」

紫乃が瞬きをする。

「じゃあ、俺ももう行くよ。お疲れさん」

海燕はそれ以上何も言わず、
ひらりと手を振ると背を向けた。

「うん。お疲れ様ー」

紫乃も手を振り返す。

海燕の背中が遠ざかっていく。

その姿を見送りながら、
紫乃は先ほどの言葉を思い返した。

「お酒かー……」

多少の自覚はある。

確かに酒を飲めば、普段より気分が良くなる。
少しばかり饒舌になることもある。

けれど――。

紫乃自身は、海燕が言うほど「別人」に
なっているつもりはなかった。

せいぜい、少し顔に出やすくなる程度。

「……そんなにかなぁ」

小さく呟いて、紫乃は首を傾げる。

この時の紫乃は、まだ知らない。

自分が酒に酔った時、普段の落ち着いた姿からは
想像もつかないほど無防備になることを。

そして――そのことを、
海燕が身をもって知っていることも。







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