終焉の鐘を手に









ヨコハマに聳え立つ四つのビルに囲まれた
一際目立つ高いビルの最上階。
此れが闇の世界に君臨する王座の席。
ポートマフィア首領の席は空席のまま。
闇世界を荒らす君主はベッドの上だった。








「殺せ……ポートマフィアに逆らう者全て…」







譫言に彼は空虚を見つめ か細い指を天井に指す。



其の手で何人もの敵も仲間も殺し、
闇を手に入れた男は簡単に折れるほど細く、
弱く、堕ちて行く姿を眺めている。



「全てじゃ……全てを殺せ………
燃やせ……このヨコハマを……朽ちた街を………」

「………朽ちらせたのはあんただろ…」



ベッドを見下ろして立つ男は
月光の影になり顔ははっきりと見えはし無い。
だが、口元はにやりと口角を上げ呟いた。



「本当に朽ちるのはあんたと共にだ……」



其の怒りを買う言葉でさえ、
もう貴方の耳には届か無い。









ーーーーーーーー……*°





未来的なビルとは似合わない
ノスタルジックな焦げ茶色の扉を引いて
中に入ると赤い絨毯にさらに深い焦げ茶色の机と
枠が焦げ茶で座面は絨毯と同じ赤い椅子
少し使い古した黒い革のソファに
猫足の焦げ茶色のローテーブルが窓側にあり、
壁には一面本棚が並べられている執務室。

部屋の持ち主である志賀は
ソファの横にあるラックにコートとジャケットを
掛けてシャツのボタンを緩めてソファに腰掛けた。
いつ飲んだか分からない飲みかけの水を手にして
残りの分を飲み干して荒くテーブルに置き
溜息を吐いてソファにぐったりと寄り掛かかる。

首領が病に倒れてからは無駄な仕事が増加し、
志賀は多忙に追われていて、
自宅には数日帰れず仮眠続きだった。
さすがに疲れたと息を吐くもノック音が頭に響く。



「入れ。」



疲れ切った気だるい低い声で答えると
問いかけた側も察したのだろう、
申し訳なさそうな静かな所作で扉を開け
黒いコートにストールを巻き紳士服を着て
片眼鏡をかけた男が書類を手に入ってきた。



「お疲れ様です、志賀幹部。
夕刻に指示されたW社の解体ですが、
上納金を20%上乗せして支払うと…」

「無駄だ。今の首領は金じゃねえ。
昔の話を掘り返してW社は罪を犯した。
首領の癪に触る発言した事を後悔させろ。」

「ですが……W社は今表社会でも有名な上場企業…
今我々が消して仕舞えば政府は黙ってないかと…」

「首領は手前か?広津。」

「ッ………一介の構成員でございます。」



志賀の気迫に広津は圧倒されすぐに言葉を訂正させる。
彼の気迫に勝てる人物がいるのかという程
彼の目は冷たく重くまさしく闇で生きた男の目。
ひれ伏すんだ広津から目を下ろし
テーブルの上にあった読み切れていない報告書を
手に取り眺めると 解体・壊滅・暗殺など
失う意味の言葉ばかりが並べられていた。



「血の掟というのも厄介なものだな。
首領が首領としての理性を失ってもなお、
ポートマフィアは従わなければならない。
たとえこの組織がこの街と共に壊滅しようとも。」



志賀は報告書をテーブルにどさっと捨てて立ち上がる。



「………はい。」

「幹部でも首領の命令に従わなければ殺される。
それはポートマフィアの裏切りだとな。
現に一人、すでに殺されている。俺にな。」

「ッ……」



志賀は扉を閉めた出入り口に立つ広津の横に立ち
彼が数日疑っていた真実を口にすると
広津の表情はさらに強張り額には冷や汗が見える。
自分の上司がやった暴挙なのだと恐れる。
彼は本当に首領に従い壊滅させる気なのだと。



「なんだ?探っていた手間が省けて喜ばないか?
それとも疑われている事に気付かない阿呆じゃないと
今更になって知り、怖くなったか?」

「………も…申し訳ございません…」

「……お前は優秀な部下だ。
俺よりも人望が厚い人間だと知っている。
なるべく殺したくないが仕事の邪魔をすれば殺す。」

「ッ……はい…」

「ヨコハマは愛しすぎるが故だな。」



志賀は広津の肩に手を置き部屋を出て行く。

彼の愛すヨコハマは数刻で壊滅していた。

あの男が踏み入れなければ。