河川敷の風








太宰さん、貴方は何時も勝手だ。

僕を深く暗いねっとりとした闇の中へ引き摺り込み
逃げる事も出来ぬまま幾年も罪を重ね続け
もう僕が居た場所へは戻れないだろうと覚悟した時
貴方はいとも簡単に引き摺り出してしまった。

私は貴方の様に器用に生きていけはしない。
もう貴方無しでは生きられない。
それなのにーーーー………



「貴方は何故僕を置いて行こうとするのですか……」



青年は涙を流し、川に向かってそう呟いた。











ーーーーー…*°




一杯のお茶漬け。
梅干に刻み海苔、それに夕餉の残りの鶏肉。
それを熱い白湯に浮かべ、
塩昆布と一緒にかきこむ。旨かった。
孤児院の台所で、人目を盗んで食った夜の茶漬け。



「ていうか…腹減って死ぬ…。」



河川敷で倒れる青年 名は中島敦。
孤児院を追い出され、
飲まず食わず放浪していたが、
遂に限界だった。
孤児院では施設の人間に罵倒され、
悔しくてこんな所で死ぬわけにはいかなかった。
その為にはまず、金を得なくてはならない。



「(よし…次通りかかった者…
そいつを襲い、財布を奪おう!)」



そう意気込んだ矢先に空に足裏を向けた状態で
おそらくまだ人と呼べるものが川に流されていた。
通りかかりはしたが孤児院では見た事も無い
変な状況に飛び込むほど柔軟ではない。
そう思いアレはノーカウントとしようとした。が。



「だ、ださ…だざいさ……!待って!!」



息を切らす声がして振り向くと
走ってはいるのだがさほど早くない
不安定な足取りで同じくらいの歳の
男が足取り悪く走っていた。
待ってという事は川に流されている人の
知り合いだろう。
だが見るからに弱そうな彼ならば
財布を奪えるかもと唾をゴクリと飲み込んだ。

通りかかったら奪う条件だ。
中島はグッと身構えると、
向かってきた人は目の前で転んで
革靴がずるりと抜けて片方が飛んで
転んだ本人の頭に乗った。
その状況に敦はびくりと肩を上げる。



「はぁ…はぁ……だざいさん…!
貴方が居なければ僕は…僕はどう生きていけば…!」



泣きながら叫ぶ男に敦は良心が疼き
一瞬躊躇うも"ええい!"と川へ飛び込んだ。
泣いていた男はきょとんとした表情で見ていると
敦は器用に泳いで流されていた男を引き上げて
ずぶ濡れになり、呼吸を整えた。



「ぁ…ありが……」


パチッ…バ!


Σ「うおっ!」

「……助かったか…
……………………ちぇっ。」

「(ちぇっつったかこの人!?)」

「君かい。私の入水を邪魔したのは。」

「邪魔なんて!僕はただ助けようと!」

「だざ!太宰さん!僕を置いて入水しないでと
あれほど僕は言ったのに何故また飛び込むのですか!
貴方が居なければ僕は孤独です!孤独死ですからね!」

「やあ、朔太郎くん。また泣いてたのかい。
せっかくの綺麗な顔が台無しだよ。」



起き上がった太宰に対し朔太郎は
ポカポカと弱い拳を彼の胸に叩いた。



「僕なんてどうせこんなぐしゃぐしゃな人間ですよ!」

「またそんな事云って…、
…ふぅ…まあ、人には迷惑を掛けない。
清くクリーンな自殺が私の信条だ。
迷惑を掛けてしまった。何かお詫びをーーー」



ぐうぅうう…

太宰が立ち上がると、
空腹の音が河川敷に鳴り響いた。



「……空腹かい少年?」



太宰はクスリと笑い、
朔太郎は挙動不審に太宰の陰に隠れる。



「じ、実はここ数日何も食べてなくて……」

ぐうぅうう…

「…私もだ。ちなみに財布も流された。」

「ええ!?助けたお礼に、
ご馳走っていう流れだと思ったのに!」

「仕方ない。朔太郎、出してくれ無いか。」

Σ「ぇえ…!?」

「こんな処に居ったか唐変木(とうへんぼく)!」」

「おー国木田君 ご苦労様。」



太宰の提案に朔太郎が戸惑うと
川の向こう側に仁王立ちする
眼鏡を掛けた男性 国木田が
息を荒らして怒鳴り付けた。



「苦労は凡てお前の所為だ!この自殺マニア!
お前はどれだけ俺の計画を乱せばーーー!」

「そうだ君、良い事を思いついた。
彼は私の同僚なのだ。彼に奢ってもらおう。」

「へ?」

「聞けよ!」

「君、名前は?」

「中島……敦ですけど」

「ついて来たまえ、敦君。何が食べたい?」

「はぁ……あの……お茶漬けが食べたいです。」

「ぷ!はっはっは!
餓死寸前の少年が茶漬けを所望か!
良いよ。国木田君に30杯くらい奢らせよう。」

「俺の金で勝手に太っ腹になるな太宰!」

「そういえば名前…」

「ああ、私の名は太宰。太宰治だ。」

「太宰さん…」

「そして彼は萩原朔太郎君。
かなりの根暗な変わり者でね、
極度の人見知りだから気にしなくて善い。」

Σ「……!」ビクッ

「はぁ……」



太宰の陰に隠れる朔太郎を
中島は困った様に見ていた。