名もない感情をもてあます の続き


「名前先輩、いい加減機嫌直してくださいよー」
「別に機嫌悪くないからほっといて」
「ほら、怒ってるじゃないですか」
「怒ってない。全く、微塵も、これっぽっちも怒ってない」

しつこい佐鳥に、次許可なく喋ったらお前を(人生から)ベイルアウトさせるぞ、と脅せば「理不尽!」と叫ばれた。

「はい、喋ったから首チョンパの刑」
「えぇぇぇぇ!これもダメなの!?」
「はいまた喋ったー。ぶった切るー。お前全く成長しないな」
「いやそれ名前先輩!この前基地の壁壊して怒られたばっかりじゃないですか!」
「え、そうだっけ?」

過去を振り返らない主義の私には全く身に覚えのないことである。人は前だけ見据えて生きていけばいいのだ。いちいち後悔するなんて時間の無駄使いにもほどがあるわ。そう主張すると、先輩はたまには反省してください!と佐鳥ごときに説教をされてしまった。2.9枚目のくせによく喋るなコイツ。

佐鳥だけなら無視するところだけど、隣にいたとっきーにまで「もうこれ以上は壁壊さないでくださいね」と念を押されてしまったので渋々と取り出していた孤月を戻す。確かに、また壁をぶち壊して隊のみんなに迷惑をかけるのは避けたいところだ。
嵐山さんにも申し訳ないし。まあ、当の本人は、率先して注意するべきであるはずなのに「2人とも仲がいいな!」と能天気に笑っているのだけれど。

「全然仲良くないです」
「仲良しですよ!」
「どこが」
「先輩ひどい!」
「佐鳥はうるさい」

ピーチクパーチクうるさい佐鳥に軽蔑の眼差しを向ける。今日は広報の仕事があって、非常に疲れてるいるのだ。少し静かにして欲しい。

はあ、と誰にともなく大きな溜息をつくと、横から「名前先輩、どうしてあんなにピリピリしてるんですか?」「さあ…たぶん佐鳥関係」「はあ、毎回毎回おめでたいですね」というヒソヒソ声にもならない、木虎ととっきーの失礼すぎる会話が聞こえてきた。別にピリピリしてないし。というか木虎、おめでたいって何だコラ。

2人の話し声は佐鳥の耳にもばっちり届いたようで、「え、俺なんかしましたっけ?」と思い当たることが節がないのか目をパチくりとさせている。自覚がないのか、結構結構。まあ、私だって佐鳥のせいでキレてるわけじゃないですけどね。うん、断じてキレてない。むしろ心が清々しくていい気分だ。幸せ幸せ。そのはずなのに、何だかいたたまれなくなって、どうしたのかと目で訴えてくる佐鳥の視線から逃げるように顔を逸らす。

「…別に」
「名前せんぱーい?」
「佐鳥には関係ない」
「えー。そんなことないですって。だって、」
「うっせえな!キレてねえっつってんだろーが!」
「どこが!?」

いや、今のは佐鳥があまりにもしつこかったからつい大きな声を出してしまっただけだ。不可抗力だ。落ち着け、自分。木虎が汚物を見るかのような目で見てるから。ちなみに、嵐山さんは全く動じず相変わらずの爽やかスマイルを称えている。さすがボーダーの顔。猫かぶり木虎とは格が違う。


しばらくの沈黙の後、とっきーが少し呆れたような顔で佐鳥に告げた。

「名前先輩が不機嫌になったの、佐鳥がインタビュー受けてる時だと思うけど」
「ちょ、とっきー何言って、」
「ああ。そう言えば佐鳥先輩、好きな女の子のタイプは?って聞かれてましたね」

とっきーの言葉に納得するように木虎が頷く。図星を指されて、自分の顔が自然と赤くなるのがわかった。

「なななな何言ってんの、違うからそれじゃないそれじゃない私全然怒ってない!」
「そうか、賢は優しくて笑顔の可愛い女の子が好きって言ってたな」
「嵐山さぁぁぁぁん!」

必死に否定するも、空気読めない代表・嵐山さんによって私の努力は水の泡となってしまった。

そうですよ悪いか、この前の一件以来、何か変わるかなーと内心期待してたら特に何もなくて壁を壊しただけでただの怒られ損だったし、今日の広報の仕事でも突然佐鳥が好きな女の子のタイプを聞かれてたからちょっとドキドキしてたのに私とはまるっきり正反対のタイプを挙げられたからショックというか何と言うか、私勝ち目なくね?ってなったのはどう考えても佐鳥のせいだし、いやまあそれで後輩にまで迷惑をかけるのは悪かったと思うけど、取り敢えずこの話は忘れてほしい。という言葉を必死に飲み込んで、口を押さえたままチラリと佐鳥を見る。

「名前先輩、」
「違うってば!」

なぜか佐鳥まで顔を赤くしていることにびっくりして、ついつい言い訳がましく否定してしまう。恥ずかしいのはこっちなのに。どうして佐鳥が照れてるんだ。意味がわからない。

しかし、そんなことを気にする間もなく、佐鳥はとんでもないことを口走った。

「俺が言ってた女の子って、名前先輩のことですよ」
「は、」

ここが隊室だということを忘れているのではないかとツッコミたくなる発言に、開いた口が塞がらない。いや、そもそも私はそんな女の子らしい女の子じゃないと思う。佐鳥の頭が本気で心配になる。

おいとっきー、わざわざ立ち上がって佐鳥に熱があるかどうか確かめてくれなくていいから。あれ、木虎はともかく嵐山さんまで首傾げてないか、どういうことだ。そこはいつものスマイルで「俺もそう思うぞ!」くらい言ってくれてもいいんじゃないの。

周りの反応に地味に落ち込む私だったが、更に佐鳥が別の意味での追い討ちを掛けてくるとは思わなかった。

「名前先輩、口は悪いけど本当は優しいし、滅多に見せない笑顔も可愛いってこと、佐鳥は知ってます!」
「ななななな」

本日何度目かの何言ってんの、を言うには上手く口が回らない。真っ赤になった顔は、今にも蒸発してしまうのではないかも思うほど熱を持っている。そしてもう一度言うけど、お前ははここが隊室ということをわきまえろ。周り視線が痛い。

私に出来ることと言えば、「TPOを考えろ!」と頬を染めて大声で叫ぶ佐鳥を容赦なくひっぱたいた後、すぐさまその手を引いて隊室を去ることだけだった。「先輩空気読んで!」と素直に引っ張られながら文句を言ってくる佐鳥に、素直にこの気持ちを伝えることが出来る日は来るのだろうか。

title by しあわせになく