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甘い魔法を君に


読んでいた本から顔を上げて、時間を確認する。いつの間にか、時計の針は一時過ぎを指していた。そういえば冷えてきたような気がするな、とは思ったけれど、まさか真夜中だとは思わなかった。ちょっとびっくり。ぱたん、と本を閉じてテーブルに置くと、彼が隣に置いておいてくれたらしいストールを羽織る。今ベッドに入っても、冷えた身体では寝付くことも出来ないだろうから、寝室には向かわずにキッチンへ。何かあたたかい飲み物をいれよう。
ケトルの容量いっぱいまでお水を入れて、電源スイッチをカチッと押した。今のうちに食器棚からマグカップを、引き出しからはスティックココアとスプーンを取り出して、準備をする。少しすると、ぽこぽことお湯が沸いてくる音が聞こえてきた。その音に混じって、誰かが廊下を歩く音が近付いてくる。珍しいな、と思いつつ振り返ってみれば、嵐ちゃんの姿が視界に入った。
「ごめんね、もしかして起こしちゃった?」
そんなにうるさくしたつもりは無かったんだけど、と続ければ、嵐ちゃんはふるふると首を横に振る。
「寒いからか、目が覚めちゃって。なかなか寝付けないし、どうしようかしら、と思って廊下に出てみたら、まだ電気が点いてるじゃない?」
「また読書の途中で寝落ちたんじゃないか、と思って様子を見に来てくれたの?」
「そうよォ。今月に入ってから五回もやらかしてるんだもの、心配にだってなるわ」
電気代が?と冗談混じりに言えば、返事の代わりにぶにっと頬を両手で挟まれてしまった。あ、だめだ。この状態だと、嵐ちゃんとばっちり目が合ってしまう。そのことに気が付いたらなんだか恥ずかしくなってきてしまって、慌てて視線をそらすと、くすくす笑い声が降ってきた。同時に、頬に触れていた温もりもするりと離れていく。それでもまだ頬があついと感じるのは、きっと気のせいではない。
「うふふ。真っ赤になっちゃって、可愛いわねェ」
「嵐ちゃんのせいだよ!」
赤くなった顔を隠すために、マグカップやケトルのほうへと向き直る。スティックの封を切って、マグカップにココアの粉を入れ、少量のお湯を注いで。スプーンでかき混ぜて、しっかりと粉を溶かしてからお湯を足して、もう一度よーく混ぜたら出来上がり!…でも熱くてすぐには飲めないし、せっかくだから、嵐ちゃんの分のココアもいれることにしようかな。遅い時間だから飲むのに抵抗があるだろうけど、このまま眠れなくて寝不足になってしまうほうが、きっとお肌にも身体にも良くないだろうから。
作ったココアを置いて、二つ目のマグカップとココアのスティックを引っ張り出していると、嵐ちゃんがあら、と零した。
「それって、アタシの分?」
「うん。寒くて起きちゃったって言ってたから、どうかなあと思ったの。ねえ知ってる?ココアってね、飲むと身体があたたまるけど、心もあたたまるんだよ!」
なんだか魔法みたいでしょ、と得意げに言えば、嵐ちゃんはそうね、と柔らかく微笑んだ。

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