「先月も同じ日にそのワンピースを着ていましたね」
「ふふ、昴さんはよく見てるんですね」
「ええ。とても印象的でしたので」

本当は彼女が先月も、その前も、その前も、同じ日に夜色のワンピースを纏って来葉峠に出掛けているのを知っていた。なんたって彼女は俺の部下であったし、その日は赤井秀一の月命日だから。

いつだってパンツスーツで動きやすさ重視だった彼女に、スカートは履かないのか?なんて何気なく言ったあの時の俺は彼女のことをかわいい部下だとしか思っていなかったはずだった。
それが沖矢昴の姿になってから。あのきっちりとスーツを着込んでいた部下が一度たりとも見せたことがないワンピース姿で声を上げていた。例の峠で午後の薄日の中。極彩色の花束を抱く彼女の涙に、俺はその瞬間、すっかりやられてしまったのだ。

「…あの時は、お見苦しい所を」
「思わず僕も声をかけてしまい、野暮なことをしました」
「いいえ、だって昴さんと知り合えたんだもの。何かの縁ですよ」

何かの縁ではないのだ。俺がただあの瞬間にお前との関わりを断つことを惜しく思ったからだった。こうやって卑しくも仮の姿のまま、あわよくば俺のものにできないだろうかと思案しているのだから。

「あなたのそれは、喪服、なんでしょうか?」
「喪服…結果的にはそうなってしまいましたね。形を気に入ったんですけどピンクと黒しかなくて。ピンク、私には甘すぎるかなって思ったんです」

でも、ピンクにしておけばよかったかなあ。フェードアウトしていく声に思わず抱きしめたくなった。スーツを纏う彼女はいつだってきりりと隙のないように仕事をしていた有能な部下だ。だから彼女があんな風に泣いたことや花のように笑う姿、今だってこんな寂しげな横顔を見せるなんて新鮮で、そのたび俺は彼女にはまっていく気がする。

「せっかく可愛らしい顔立ちをしているんですから鮮やかな色のほうが似合いますよ」
「ありがとうございます。でも昴さん、これは当てつけなんです」
「当てつけ?」
「好きだった人に、スカート履かないのか?って言われて選んだワンピースだったんです。見せる前に、亡くなってしまったから」

今日も色とりどりの花束を抱いて片思いだったんですけどね?なんて鮮やかに笑った彼女にがいん、と頭を殴られたような、そんな感覚に襲われた。今、何と言っただろうか。

「好き、だったんですか」
「…はい、今でも、とても」
「でも亡くなっているんでしょう?僕が入る隙間は、ありませんか」

そう告げると彼女はひどく驚いて、それから緩やかに首を横に振って見せた。ああ、聞いてないぞ。お前が俺を好きだったなんて。

「昴さんとはなんだか正反対の人なんですけれどね、少し似てるんです」

だけど、だから。私は彼を忘れられません。そう言い切った彼女に赤井秀一の欲はじゅうぶんに満たされて、沖矢昴の情はゆくあてもなくこぼれ落ちる。

「構いませんよ、今はまだ。でも…」

今すぐに本当の姿も心の底も晒してしまいたいと思いながら、それをぐっと飲み込んで。さて、俺がほんとうの姿を晒すのが早いか、お前が俺に落ちるのが早いか。

「覚悟しておいて下さいね」

どちらにしろ狙った獲物を逃がしてやるつもりはない。
夜色の裾を翻して今日も峠に向かう彼女の背中に、俺は照準を合わせた。