あなたの特別になりたかった。たとえば隣を歩けるような。たとえばときどき、唇を合わせるような。


子どもたちと通い慣れた工藤邸は、今はふたりきり。先ほどまで騒がしくしていた彼らはもう博士のもとに行ったらしく、その波に乗り損ねたわたしは何となく昴さんとその場に留まっていた。

「何か飲みますか?」
「あっありがとうございます、自分でやりますので!」

昴さんはやさしい。けれど、彼のテリトリーには入れてもらえない。たとえ2人きりでもそこに見えない境界線を引かれてるみたいで、もどかしい。

勝手知ったる何とやら。通い慣れた工藤邸でお湯を沸かす。彼は相変わらずパソコンに向かっていてこちらのことなどおかまいなしだ。そんな風に線を引かれているのにわたしは、それでも彼がすきだった。そんな自分が、いやだった。

「昴さんはいりますか?紅茶、なんですけど」
「いいえ、結構ですよ。ありがとうございます」

ほら、こんな風にひとつずつ、きっちりと線を引かれてる。こんなにも穏やかにこんなにもやさしいけれど。
だからこそ期待してしまうわたしは、何度も期待して何度も落胆した。

「昴さん、たとえば」

お湯を注いだカップにそのままティーバッグを沈めれば、じわりじわりと滲む色。わたしの言葉もじわりじわり、どうしても滲むのを抑えられなくて、それならばいっそのこと全て出し切ってしまいたかった。あわよくば、あなたの引いた線の中に入りたいと願いながら。

「たとえばわたしが、昴さんのことをすきだとしたら、どう…しますか」

でも、それでも。

「…本当の僕を知ったら、そうは言えなくなるでしょうね」
「そんなこと、」
「僕には分かりますよ」

そう諭されてしまったら、もう、それはきっと拒絶なのだ。
やり場のない気持ちを誤魔化すように手のひらのうえでカップを揺する。波打つ紅茶はだんだんと温度を低めてゆくのだった。まるで、わたしの、恋みたいに。

「そう、ですか…」

愛想笑いはくれるのに、特別にはしてくれない。この冷めきったストレートティーみたく甘くない。あかく出切ったティーバッグをそっと退けて、出しすぎた渋みに眉を寄せた。

「それでも同じことが言えたなら、その時は例え話ではなく、聞かせてもらいたいですね」

渋くて涙が出そうだけれど、わたしは彼の中身全部を見てもすきだと胸を張れるように、カップのそれを飲み干した。


お題*「愛想と冷酷を混ぜたティーバッグ」
ツイッターにて企画、 #DC夢題 に提出させていただきました