か弱い令嬢と愛想のいいバーテン。今日のあたしたちはそんな仮面を纏って、シャンパンを片手に豪華なホテルのホールにいた。
スパンコールとラインストーンが散りばめられた煌びやかなドレスは幾らか清楚さを残していて、レースで縁取られた裾は少しだけセクシーを演出して。今日のあたしが演じる“か弱い令嬢”に最高に似合う淡いグラデーション。
対して彼はどこにでもいるようなバーテンに扮していて、それでも彼自身の華やかさを演出するような上等さが伺える素敵な生地に、蝶ネクタイを結んでいた。
今日の任務は簡単だ。ターゲットが取引相手にデータを渡す前に、奪う。既にデータの在り処や取引相手は調査済みなのだから、あとは奪うだけだった。

それなのに、なんということか。

「バーボン?あたしはターゲットと踊るはずだったと思うのですが?」
「ええ、そうですね。でもあなたが他の男に話しかけられている間に目的のモノは先ほど僕が手に入れておきました」

にこりと彼が作る笑みすらも、まるで仮面のように美しい。隙のないその笑みに、ホールの他の女性たちが釘付けになるのがわかった。見る目がまるでない。この男はこんな風に微笑んでおきながら、容赦なく罠を仕掛ける男なのだから。
バーボンはあたしの腰に手を回す。彼も彼に向けられる眼差しに気づいたのか、他の女性たちが話に割ってこないように線を引いた。だったらはじめからバーテンを貫けばいいものを。その心内を察したのか、わざとらしい視線を寄越しながら彼はあたしのドレスにメモリーカードを差し込んだ。

「“彼”は?」
「泥酔して寝ていますよ」
「あら、お相手は待ち惚けかしら」
「酔いがさめた時が見ものですね」
「わるいひと。…それで、その燕尾服はなあに?」

任務完了が目の前ならば、もうここに用はない。それなのに彼は元々こちらも用意していたんです、と小首を傾げるのだからあたしはか弱い令嬢を装うのをうっかり忘れそうになる。

「バーテンダーが化けたものね?一体なんのためなのかさっぱりだわ」
「だから彼のかわりに僕が一曲、と思ったんですけど」
「勘弁して頂戴」
「先ほどから数多の男性の視線を集めるあなたが、どんな顔をして踊るのか興味があって」
「どの口がそれをいうの?」

そう言わずに、と貼り付けた笑みを浮かべる彼はあたしに手を差し出した。通りすがりのウエイターに空のグラスを預ければちょうど曲がはじまった。この手を取ったなら、あたしも罠に嵌められるのか。

「一曲、お相手願えますか?ご令嬢」

それともにこりと笑顔を貼り付けたその裏を、少しくらいみせてくれるのかしら?

*お題「仮面舞踏会」
ツイッターにてお声掛けいただきましたマスカレード企画に提出したものです