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「……きみ、何かサイドエフェクトでも持ってるの?」

 まだ中学生だと思われる男の子が、私に向かって話しかけてきた。なんの曇りもない綺麗な双眸を私に向ける少年は、不思議そうにこちらを見ている。突然話し掛けられた驚きで、つい肩をびくりと震わせてしまった。だって、

「私の事見えるの!?」

 幽霊である私の姿を見つけてくれたのは、少年が初めてだったからだ。

 質問に質問で返してしまうのは、私の悪い癖だ。いやだがしかし、これは致し方ない。幽霊である私の姿は今の今まで誰にも見られる事なく過ごしてきたから、やっと自分を認識できる人間と出会えた嬉しさでいっぱいになり、ついつい口角が上がってしまう。
 きっと彼も、私の姿が完全に人間らしく見えたから話しかけたのだろう。よくアニメや漫画で描かれるような足が透けている幽霊なんてものではなく、見える人にとってはどこからどう見ても人間なのだ。私自身も最初は自分の姿に騙されたものだ。まあ、それも今となっては良い思い出だが。
 それはさておき、質問に質問で返してしまった事に漸く気付いて、話を戻そうと軽く咳払いをする。目の前の少年は未だ目を白黒させている。

「ご、ごめんね。私の事見える人って初めてだったからさ。えーと、サイドエフェクト、だったよね。私は何も持ってないよ」
「はあ……。それより、見える見えないってどういう事?」
「ああ〜、それね。私幽霊だから、そういうことだねぇ」
「はあ……?」

 少年の顔には「どういう事だよ」と書いてあるようだ。そう見えてしまうくらいに、怪訝そうに眉間に皺を寄せて不審者を見るかのような目で私の事を見つめている。やめてくれそんな目で見るんじゃないよ! と私が一生懸命騒ぎ立てても、彼は首を傾げてこちらを凝視するだけで何の発展もしなかった。実に悲しい事である。

 こうして疑いの目を向けてくる少年に頑張って幽霊アピールをしても中々信じて貰えない。確かに自称幽霊とか怪しすぎるかもしれないけどもっとこう……少年くらいの年齢なら素直に信じて「わあ〜! 幽霊さん!? 本当にいたんだね!」なんて言ってくれる所じゃないの!? もう私、最近の若者が全然分からない……不思議な力〜とか、不思議な体験〜とか、そういうものって誰しも信じて憧れるものじゃないの!? あ、私だけ? そうですか私だけですか……。

「そういうトリガーじゃ……ない?」
「君疑り深いねえ!?」

 そろそろ信じてよ! と言っても全く聞く耳持たずな少年に、流石の私も諦めがついた。うん、信じて貰えなくていいや。ただ暇だから話しかけただけだったし、別に信じて貰えなくても……あんまり良くなかったりするけれども。

 頑張って必死に幽霊アピールをしたとは言えど、幽霊になったのは自分でもよく分からなかった。いや、分かってはいる。そりゃあ簡単な話、私が自殺で死んだからだ。死因はこうして明らかになっているのに、どうしても自殺した理由が思い出せない。自殺するくらいなのだから、きっと過酷な状況があったのだろう。それを知るのに怖さは勿論あるが、何も知らないまま成仏してしまった時の事を考えるとそちらの方が断然怖いものだった。別にその意識の持ち方を誰かに肯定されたい訳でも無く、ただ自分が自分であるための抑止剤だと認識している。

 ふと、少年が私を見上げて口を開きかけると、後ろから他の人の声が聞こえてきた。少年は視線を私の後ろへ移動させる。私もちらりと確認してみると、そこには一人の男性が立っていた。

「悠一! ここに居たのか。探したぞ」
「ごめん、最上さん。ちょっと気になる事があって」

 どうやら少年は悠一と言うらしい。そして男性の方は最上さん。よし、とりあえず覚えておこう。

 悠一君は少し戸惑いの表情を浮かべながらもこちらを確認するように視線をやると、すぐに最上さんの方へ視線を戻した。その目を見るだけで、私を幽霊だと信じていない事が目に見えて分かる。……でも、流石に突然幽霊発言は悪い事したかなあ。

「ねえ、最上さん」
「ん? 何だ?」
「……おれの後ろに、何かいない?」
「何かって……何も居ないが?」
「! ……そっか」

 最上さんがきょとんとした表情でそう答えると、悠一君は分かりやすく肩を震わせる。それでも、信じたくないという一心なのか、最上さんに問い詰める悠一君に、どんどん私の良心がズキズキと傷付いていく。本当にごめん。浮かれすぎた。漸く落ち着いた悠一君は軽く溜息をついて「大丈夫。何でも無いよ、最上さん」と言って口元に笑みを浮かべる。それを見た最上さんは若干心配そうに「そうか?」と言ってぽん、と悠一君の頭を撫でた。悠一君はやめてよ、と言いながらも少し嬉しそうにはにかんでいた。え、何ですかこれメッチャ幸せムード漂っちゃってるじゃないすか。正に親子じゃん可愛いかよ……もう……好きだ……。おっと、心の声が漏れる所だった。

「皆もう集まってるんだ、早く行け」
「うん」

 悠一君は幾分か疑いが減ったその目で私を見ると、何も言わず最上さんを追い抜いて走り去った。小さな背中をぼんやりと見送り、ふう、と今度は私が溜息をつくと、最上さんは口を開いた。

「相変わらずだな、豊」

 懐かしむように目を細めてしっかりと私を視界に入れる最上さんは、何事も無かったかのように私に話しかけた。どうしたらいいのか、何故かいたたまれない気持ちになって、逃げるように最上さんへ苦笑いを浮かべて、たった一つの言葉を吐いてみる。

「そうですね」

 見えなくなっていたら、良かったのに。