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ずっと、成仏する方法と自殺理由を考えていました。そう正直に伝えると、最上さんは苦痛の表情を浮かべて「…そうか」と言葉を漏らした。確かに他人にとっては相当重い内容に聞こえるが、私にとってはそれが普通になってしまったから、辛くも何ともないのだ。感覚が麻痺するとは、ここまで怖いものなのか。……ああいけない。また暗い雰囲気にさせてしまった。そう思って「気にしないで下さいね」と言ってにっこり笑って見せると、最上さんは再び「相変わらずだな」と言った。

相変わらず、と言っても最上さんと幽霊の私が一緒に過ごした時間は短い。一ヶ月経っているか経っていないか、どうだかは分からないが、そんな短い中でも信頼関係というものが築き上げられたのは今でも驚きである。因みに最上さんと出会ったのは一年ほど前で、私が死んだのも丁度一年前だ。幽霊になってから年齢なんて全く気にせず生きてきたけど、当時中学生だった私は、もう高校生にもなるんだなあ、と思ったら何だか不思議な気持ちになる。まさか、幽霊になってからそんな実感をするなんてね。と、最上さんに言ったらまた困らせてしまうのだろうから言わないけれど。

「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
「そう、ですね……とりあえず幽霊らしく、悠一君に憑いてみたりしちゃいましょうかね」
「軽く『憑く』なんて言葉使うもんじゃないぞ」

え、軽くじゃなかったらいいの?なんて言ったら拳骨喰らうから言わないよ。これは経験則だからね、これだけは当てにしてほしい。ドンと来い。

悠一君、きっとまた戸惑うだろうなあ。悪い事しちゃうなあ。と思いながらも次会ったときにはその思考は完全削除されているのが目に見える。幽霊でも単純思考は全く変わらなかった。無念。

「……ところで最上さん。悠一君のサイドエフェクトって何です?」
「おお、悠一にサイドエフェクトがあるってよく知ってたな?本人から聞いたか?」
「聞いたっていうか、サイドエフェクトを持っているか否か問われました」
「あー……なるほどな」

最上さんは顎に指を当てて暫く考え込む素振りをすると、よし、と言って顔を上げたので、それに合わせて私も最上さんの顔を真っ直ぐ見る。

「悠一のサイドエフェクトは『未来視』だ」
「みらい、し」

つまり、それはその名の通り未来が視えるサイドエフェクト、と捉えて良いのだろうか。そんな私の思考を読み取ったのか、最上さんは「豊が思っている通りの能力だよ」と言う。なるほど、そんな便利なサイドエフェクトがあったのか。便利だけど、それと同時に使って辛くなりそうな能力だな、とも思う。人の死が視えたら……そう想像してしまうと、何だか気分が悪くなってくる。……うん、ちょっとこの話はやめよう。

「これはあくまで推測だが……悠一の未来視で、豊の姿が視えなかったんじゃないか?」
「え……それは、……ああ〜、幽霊だからか〜……」

自分にサイドエフェクトなんてものは無いし、視えないなんて事はありえないのでは、そう言おうとしたが、一つだけ可能性はあった。私が幽霊だから、そんな非科学的な理由だ。まあ、サイドエフェクト自体も非科学的に存在するものだから、その双方が成り立つのはあり得ない話ではない。認めたくないけどね。だからあの時、サイドエフェクトを持っているのかなんて問いをしたんだと思うとまあまあ納得出来てしまう自分がいる。

これ、早めに悠一君に知らせなきゃなあ、とは思うが、あんまり幽霊だと言う事は信じてもらえていないようだし、今知らせても無駄かな。

「ところで最上さん、行かなくていいんですか?何か用事があるみたいでしたけど」
「ああ、もう行くよ。お前はどうする?ついてくるか?」
「え、いいんですか?」
「悠一に憑くんだろ?」
「……まあ」

憑くっていう感覚すら分からないですけどね!と胸を張って答えると、最上さんは「そう言うと思ったよ」とからからと笑った。



基地に入ると人が数人居て、その中にいる悠一君と目が合ったから手を振ってみたら、「ついて来たんだ……」と言わんばかりの目で見られてしまった。流石の私も傷つくぞ、その反応。

「じゃあ豊は悠一と話していてくれ。後でまた来る」
「はいよお」

じゃあな、と手を振ってから部屋の奥の方へと消えて行く最上さんを見送ってから、悠一君に話しかけてみると、不思議そうに首を傾げられた。

「ねえ、今最上さんと話してなかった?」
「え?うん、最上さんは見えるみたいだからね」
「じゃあ幽霊ってやっぱ嘘……?でも、さっき最上さん、きみの事『見えない』って言ってたよね」
「ああ……それ、私もよく分かんないんだよね。何であんな嘘ついたのかなあ……」

私も悠一君と同じように首を傾げてうーんと唸る。悠一君へのドッキリサプライズ、とか?うーん、やらなさそうでやりそうだけど、実際どうなんだろうか。私が一人で悩んでいると、今度は悠一君が「ねえ」と話を切り出してきた。「なーに?」と聞くと、「最上さんとはいつ知り合ったの?」と、来るだろうと思っていた質問をぶつけられる。

「最上さんとは一年程前に会ってね。色々お世話になったんだ」
「その、幽霊の姿で?」
「まあね。まさか見えているとは思ってなかったから当時はかなり驚いたけど」

誰も自分の姿が見えないと思っていた時、暇で暇で仕方が無かったからと色んな人の色んな世間話を暇つぶし代わりに聞く癖があり、それを最上さんの前でやろうとしたらばっちり目が合ってしまった。向こうも自分も目を丸くして固まっていたから、きっと端から見たら凄い光景だったんだろうなあと思う。いや、私は見えないんだけどね。それからなんやかんやあって、最上さんの寛大さにより幽霊ながらによくして頂いていたのだ。後に、最上さんにずっと甘えている訳にはいかないと思って最上さん離れするも、こうしてまた会ってしまったのは何かの縁なのだろうか。

「じゃあ…おれが『サイドエフェクト』って言っても理解していたのは最上さんから聞いたから?」
「そうそう、そういうこと。因みにさっき最上さんから、悠一君のサイドエフェクトについても聞いたからね」
「……そっか」

サイドエフェクトの話題を出した途端、悠一君の表情が少しだけ曇った。ぐっと、何かに耐えているような表情で、心配になって悠一君の目線に合わせるように膝を折って「大丈夫?」と声を掛けると、悠一君はしばらくしてからどことなく震えたような声で話し始めた。ここは私もちゃんと話を聞こう、そう思って姿勢を元に戻して目の前の少年をまっすぐ見つめる。

「おれのサイドエフェクト、未来視ってさ、目の前の人の少し先の未来を見られる能力なんだ。その未来には分岐点があって、自分たちがどう行動するかによって未来を変えられる、一見便利な能力でさ。……でも、人の未来を見るのって、」
「……人の未来を見るのに後ろめたさがあるんだったら、私はここで君をぶん殴るよ」
「えっ、幽霊なのに殴れるの?」
「今そういう話じゃないだろう少年!!」

ほら!!触れるでしょ!!と悠一君の肩をガクガクと揺らすと、本人は揺らされながらも一生懸命「わ、分かったからやめて!」と抵抗している。いやお前これから先もそういう発言するだろ!私は分かってんだぞ!と銀行強盗並の頭の悪い脅迫を頭の中でしてからやっと悠一君の肩から手を離してやると、悠一君はほっとした表情で肩を下ろした。

「もう、そりゃあさ。未来視なんてチート能力持ってる事の辛さなんて他人にはわかんないけどさ、辛いならいっその事、自分を責めるんじゃなくて『視られてラッキー!』ぐらいに思っときゃあいいでしょ。じゃないと、悠一君すぐ死んじゃいそう」
「流石に死ぬまではないよ」
「さあ、どうだろうね。私こんなだけど、結構多くの人の死を目の当たりにしてきたんだぜ?自分を責めて、自殺とまではいかなくとも自分の命を諦める人間はそう少なくはなかったよ」

悠一君は私の言葉を聞いて、何を思ったのかは知らないが、少しだけ顔を顰めた。
実際の所、私が生きていた時の記憶は所々途切れて消えている。中途半端な記憶喪失、と言った所か。私は特殊な環境にずっと生きてきたから、普通の人よりも人の死を身近に経験することが多かった。

「おれの選択肢次第で人の未来が変わるんだ。そんな無責任な事が出来るわけないだろ」

私から目を逸らし、ぽつりと呟く彼に思わず苦笑いをしてしまう。会って一日も経っていないけれど、こうして会話をしていて分かったのは『意外と真面目』な所だ。(私には見せてくれないけど)常に笑顔を携えて、悠々と人と接している様に見えるが、実際の所はすぐ気負うような繊細な子なのかもしれない。

「『自分が人の未来を変えなきゃいけない』って思ってる方が無責任だって。その人にしてみれば、勝手に自分の未来を考え気負って勝手に変えられるなんてたまったもんじゃないでしょ」
「……まあ、そうだけど」
「…あー、違うの。別に悠一君を責めてる訳じゃないんだよ。……うーん、なんて言えばいいのかなあ。とにかく、もっと気楽に構えていていいんじゃない?何でも良い選択肢にしなくたって、どうにかなる時はどうにかなるでしょ」
「適当だね」
「それくらいが丁度いいって」
「……本当にいいのかな」
「悠一君自身が、そうしてみたいって思うならね」

こんなことを言っても、悠一君はきっと丁度良い『気の抜き方』を考えるだろうから、『もうなんでもいいや』みたいな投げやり思考にはならないはずだ。もし私が未来視を持っていたら、視える未来を全部無視することなんて出来ないとおもうから。出会って間もない悠一君にこれほど信頼するだなんて思ってもいなかったけれど、最上さんと知り合いという事もあってか、とんとん拍子で悠一君について知ることが出来ている気がするのはきっと私の縁であり、最上さんという何か『運』を持った人間のお陰なのだろうか。

幾分か悠一君の表情から暗い感情が抜けてきた。私の拙い言葉で、少しでも楽になれたのなら本望だ。

「ごめん、ありがとう。……えーと、豊、さん?」
「そ、豊。壱木豊」
「おれは悠一。迅悠一だよ」

ふっきれたような柔らかい笑顔を私に向けてくれた悠一君に少しばかり驚きながら、やっと私に笑ってくれた嬉しさでにやける口元をどうにか抑え、私もへらりと笑ってみせた。




これは、これから何が起きるか分からない幽霊とこれから何が起きるか視えながらも生きていく少年の、人の最期を賭けた物語を記した日記である。
自分は、正しい道を歩めるのだろうか。