何も出来ないまま、静かに時間だけが過ぎていったように思う。青い、青すぎるほどに青い空の果てに、大きな鳥の影が見えた。
ひょこりと音も無くわたしの前を横切っていく生物は、先程からなんども目にしている。そう、そうだ。ここは、わたしのいた場所では、全くなかった。ただ場所が変わってしまった訳では無い。世界そのものが、全く姿を変えてしまっていた。ありえないような現実が、わたしのもとに舞い降りてきていたのだ。それらしく頬を抓ってみたりしたとしても、ただじんわりとした痛みが身体に伝わってくるだけだ。
名前も知らない何かもわからない生物たちは、わたしに警戒心を抱く様子もなく、すぐ側を軽やかに通り抜けてゆく。大きな動物のようなその生物たちが、酷く恐ろしい。全く知らないものたちに囲まれているというだけで、息苦しいほどに圧迫感を覚えた。
目もくらむほどに長くて苦しい、その静寂を破ったのは、突然、わたしの目の前にあらわれた誰かだった。まるで……いや、テレポートそのもののように、一瞬のうちに着物のようななにかに身を包んだ誰かが、あらわれたのだ。
ただの人ではないような神秘的な雰囲気に、気圧されて一歩足が下がっていく。
一人は、黒いつややかな髪に、金の目を。一人は、茶色のあざやかな髪に、赤い目を。一人は、水色のたおやかな髪に、紫の目を。
カラーコンタクトや、ウィッグではないと、一目に分かるほどにあでやかな、うつくしい人ではありえない色彩を持った彼らを見ていると、ここではわたしの常識などは一欠片も通用しないのだと言い渡されたように感じて、一人谷底に突き落とされたような絶望を覚えた。暗すぎる闇の中では、自分の手の輪郭すらも掴めないのだ。
三人とも整いすぎるほどに整った顔立ちをしていて、背が高く、性別はよくわからなかった。ただ、髪が長い人は女性なのだろうか、と漠然と思った。
「お初にお目にかかる」
一人が、突然口を開いた。黒髪の人だった。変な、古風な口調とアクセントだった。
久しぶりに大きな声を耳にしたものだから頭がついていかずに、その人の言葉を理解することにも、ひどく時間がかかった。
「我等は虹の御方の遣いの者」
驚くほどによく通る声を、茶髪の人が出す。きつくわたしを睨めつける視線に、わたしの目線が下がっていく。この人はわたしに、なにか恨みでもあるのだろうかと、思うほどに。
恐ろしい。わたしでは絶対に、彼らには適わない。彼らの機嫌を損ねてしまったならば、わたしはきっと死んでしまう。そう、強く思う程に彼の視線は鋭かったのだ。
「貴方様をこちらへお連れしたのは我が主」
最後に、水色の人が口を開く。女性、なのではないかと錯覚するほどに高く美しい声だった。いや、この人は多分女性だと思う。何となく、今この状況で同性が居る、と思うことに救われていた。
だってこの人たちは、あまりに、わたしとは掛け離れている。
「主は今は動けぬ故、」
「主は貴方様が訪れることを望んでいる」
「貴方様は早くこちら側へ」
「こちら側へはスズの塔より」
「エンジュの都へ」
「参られよ」
代わる代わるに、彼らは言葉を紡いでいく。内容は、よくわからないものだった。
この世界には、エンジュという町があり、そこにあるスズの塔へわたしが行けば良いのだろうか。そうすれば、わたしが今、得体の知れない場所にいる意味もわかるのだろうか。疑問ばかりが浮かんでいくも、それすらもわたしのなかでは溶けて消えていくようだった。
ただ淡々と言葉を紡ぐ彼らに、わたしは言葉を返すことも、頷く事も出来ない。先程までと同じように、立ち尽くしていることしか出来なかった。
「一刻も早く、エンジュの都へ参られよ」
最後に、また変わらない抑揚のない声でそう告げると、三人の人はまた姿を消してしまった。
今何が起こっているのだろう。あまりにも有り得てしまってはならないようなことばかりがおこっているのものだから、気持ちが悪かった。
なんでわたしばかりがこんなめにあっているのだろうと、悔しくて、悲しくてたまらなかった。
立ち尽くしていた膝がかたりと、力が抜けて地面に座り込んでしまった。
もうわたしには、なにがどうなっているかわからないし、わかりたくもなかったのだ。