品のある、質の高い調度品の並ぶ部屋である。とにかく全てが薄暗く、ほんのりと橙色の灯りがかろうじて部屋を照らしていて、とても趣深いそれらであるはずだというのにも関わらず、わたしにはそれらが醜悪な何かにしかうつらなかった。
指を、円卓へとおく音が響く。部屋が異様なまでに静かであるから、そのような小さな音でもひどく大きく、響いて聞こえた。
「次の任務は、之かな」
目の前に座る彼が、ひらりと紙をゆらしてみせる。彼の隣の幼子が、けらけらとさも愉快そうに笑った。
大きく、震えそうになる身体を無理矢理押さえつけ、平静を保っているかのように見せる。彼には自分のこういったことは全て悟られているのであろうが、それでも、そうせずにはいられなかった。
彼が、やおら口を開いて紙の内容を読み上げる。
「人虎……虎になれる異能者が居るんだけどね、それを北米の、組合という組織が欲しがっているんだ」
ゆうらりと、彼は笑う。
この笑みが、怖かった。
この人は一年前から、自分にとって恐怖の権化とも云うことのできる存在だ。彼は自分をそれこそ娘かなにかのように可愛がるけれど、自分にはそれすらも、何もかも、恐ろしくて堪らない。
嗚呼、しかし、震えを、悟られてはならない。弱さを、悟られてはならない。
表情を、心を、殺す。とても苦しい、とても痛いけれど、耐えなければならない。ぴたりとはりつけた嘘の微笑みは、嫌に馴染んだ。
人虎を捕らえて、売り渡して来いという命令は、酷いものだと思う。人身売買は、犯罪である。しかし、それをわたしが指摘する事は無いし、そもそも此処はそう云った道徳観念の通じない場所である。それは、この一年で嫌というほど学んだはずだった。
「宜しく頼むよ」
変わらず、楽しげな、軽快な彼の声に心拍数が嫌な意味を持って上がっていく。気温は、低くもなんともないというのにも関わらず、嫌に寒かった。
この人は、矢張り怖い。
部屋を後にすると、どっと緊張の波が押し寄せてきた。それをどうすることも出来ずに、わたしは一人でそれに押し潰される。
何故、何故だろう。何故、わたしはこのような事を、しているのだろう。人を傷つけてはならないと教わった。人を殺してはならないと教わった。けれど、今のわたしは、どうだろう。それを日常にしている。汚い、汚い。なんて、汚い。
父に、母に、兄に、皆に、申し訳なかった。恥ずかしかった。
手を、握りしめる。恐ろしく力を込めて、何もかもを押し込めるように。
大丈夫。わたしは、汚くなんかない。父母の娘として、そう、父の友人に迷惑をかけぬようにしているだけである。だから、大丈夫。
人虎、には罪悪感を覚えた。ごめんなさい、と謝りたかった。この組織が渠を狙うのならば、きっと渠は外つ国に売り渡されてしまうのだから。
「如何した、」
訝しげな目で此方を見やる芥川様に、何でもないと頭を下げた。黒い、黒い眼は底知れず、この方と彼は別人であると分かっていても恐ろしかった。
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どうか死を賜りくださいませ
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