一輪

朝、家の前に立っている小さなポストに新聞を取りに行くのは、わたしの仕事だ。
新聞は、別に誰が読むわけでもない。わたし、お母さん、お母さんのポケモン。三人暮らしだけれど、だあれも新聞なんて読まない。わざわざお金を払ってまで、どうして新聞をとっているのかとお母さんに聞いたことがある。そうしたら、帰ってきたのは、冷たい声だった。冷たい声で、そういう習慣なのだと、返ってきた。
一年中あたたかいような、すずしいような気候が続くジョウト地方は、すごく過ごしやすいと思う。いいや、別にわたしは他の地方に住んでいたことがあるわけでもない。わたしは生まれてこの方、この町から出たことすらないのだから。
毎朝の通り薄い新聞を取りに行くと、それなりに狭い我が家の敷地の、ぎりぎり外に、赤と白の球体……言うまでもなく、モンスターボールが落ちていた。
「……落し物?」
嫌に間抜けな、わたしの声があたりに響いていった。
何で、ここに、モンスターボールが落ちているんだろう。今までろくに触ったこともなかったような、それに触れる。そうしたら、少し重い。
中にポケモンが入っている時の、特有の重さだった。
「なんか、最悪かもしれない……」
小さく呟いたわたしの声は、お母さんのあの、冷たい声に妙に似ていた気がする。
面倒だ、なんて思ったけれど、それでもこれをこのままにしておく訳にもいくまい。
屈んで、それを拾うとポケットに入れた。朝ごはんが終わったら、中のポケモンを出して、少し、話を聞いてみよう。何か、わかるかもしれない。
こういう時に、普段ろくに使えないわたしの特技が役に立つ。落としていったトレーナーの特徴なりなんなりをきいたら、ジュンサーさんにそういう人が落としていったのを見た、なんて行って、届ければいい。
面倒なことは、嫌いなのだ。
「ほんの少しだけ、よろしく」
名前も種族もなんにもわからないポケモンに、ボールの外から声をかけた。するっと、ボールを、撫でてやった。果たしてこれがそのポケモンに伝わったかどうかなんて、わたしには全くわからないけど。
ぐう、と大きくなったお腹の音に少し顔をが赤くなる。嫌だな、早く朝ごはんにしよう。今日は確か、お母さんが作ったわけでもないから、美味しい筈だ。
我が家のご飯は当番制だけれど、どうにも料理が苦手なわたしとお母さんが当番の時はなんとも形容し難い微妙な味のものができるのだ。その点、ユキメが作ったご飯は美味しいから好きだ。少し冷めてて冷たいから、一度電子レンジで温めなきゃなんだけど。それは、氷タイプのユキメだから仕方が無い。そのくらいの手間はなんてことない。
ただ、その冷めているご飯をなんてことのないように食べているお母さんは流石だと思う。ユキメの事、大事なんだな、ってすごく、思うから。
ぐう。
また、お腹がなった。やだやだ、早く入ろう。
少し乱雑に玄関を開け放って、それで、靴を脱いだ。そろえないとあとでユキメに叱られるから、しっかり靴を揃えることも忘れない。
直ぐそこにあるリビングに入る時、ポケットの中のボールがかたり、揺れた気がした。

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