二輪

今日の朝ごはん、美味しかったな。流石ユキメが作ったご飯だった。お母さん好みに甘く味をつけられた卵焼きを思いだしながら、手の中でシャーペンを回す。いや、回そうとして、がしゃんとシャーペンが床に落ちた。
今日の分、早くやってしまいなさいってお母さんの声が聞こえる。
わかんないよ、ポケモンの事なんて。ポケモン学についてのプリントは嫌いだった。テストも、勿論嫌い。数学で数字を追うのとか、国語で文脈を追うほうが、ずっと好きだった。ポケモンなんて、ユキメくらいしか、知らない。
歯磨き粉のいやにスースーする感触が残る口を大きく開いて、馬鹿みたいに深く深呼吸をした。
早く、今日の分を片付けないと。
広い街の端っこに家があるせいか、それとも、お母さんが変わり者なせいか、わたしの学校は、通信制だった。
「チヨメ、早くしなさいよ」
部屋の外から、お母さんの声がまた、聞こえた。わたしがサボっってるって、お母さんどうしてわかるんだろう。エスパータイプのポケモンでもあるまいし。分かるはずがないだろう。
あ、ユキメかな。ユキメってたしか、ゴーストタイプも入っている。もしかしたら、わかるのかも。
十数年一緒にいても、わたしってユキメ……っていうかユキメの種族について全く詳しくない。知らなくても、生きてこれていたからだ。別に、話題になるわけでもなかったし。お父さんのことと、一緒だ。
「サボってちゃ、駄目よ」
フッと耳元で冷たい息。
「わぁっ」
拾い直したシャーペンが、また落ちた。
「ユキメ、」
ちょっと恨めしげに見上げると、ユキメは多分、くすくす笑った。耳元でそんな声がする。ゴーストタイプって姿を消せるんだ。吃驚した。
丁度三問前にわからなくって飛ばした問題がそういった類のもので、拾い直したシャーペンでプリントに書き込む。
ゴーストタイプのポケモンは、姿を隠すことが得意である。
でもこんなこと、将来何の役に立つのかもわからない。いいや、将来ってものが、果たしてわたしにあるだろうか。わたしはこの先、どうなるんだろう。
あぁ、うん。考えるのはやめよう。とりあえず、今日はあと数問のこのプリントで終わりなんだから。終わったら、本の続きでも読もうか、それとも、テレビでも、見ようか。とにかく今は勉強に集中しないと。
わたしがかたりと椅子に座り直すと、ユキメは多分、出ていった。うそ、すり抜けるのも、出来るんだっけ。全く分からなかった。
次の問題は、草タイプのポケモンについてだった。
……知らないよ、全部光合成してるんじゃないの。
半ば意地になって、適当に答えを書き込む。真面目に解かないと駄目なんだろうけど、こんなの適当で十分だ。そのままかたかた、適当に空欄を埋めて、漸くわたしは一息ついた。
「うぅ……疲れた……」
なんてったって、お母さんはわたしにこんなに勉強させたがるんだ。テレビの中じゃあ、わたしくらいの子供っていうのは、勉強よりも旅に出る方が一般的らしい。たまに見かける街の人たちも、そんな感じ、だろう。
お母さんはまるで旅に出ることは非常識、無鉄砲、将来性がないって言う。勉強こそがちゃんとした大人になるための道だって。
わたしにはまるで分からない。だってその勉強すら、わたしは通信制だ。なんか、矛盾じゃないだろうか、これ。
考えていると、がたがた、ポケットの中が揺れた。
「えっ、何」
呟いてポケットに手を突っ込むと、不自然な球体が入っている。
あ、ポケモン。忘れてた。
「ごめんね、忘れてて」
謝りながら、ボールのボタンを押した。こうやって中からポケモンを出してやる。これも、さっきのプリントに書いてあったことだった。

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