四輪

何を、この子はなんてとんでもないことを言うのだろう! びっくりして、目を見開いてアマルスを見つめるわたしに、それを了承と取ったのか、アマルスは早く早くと、急かすようにわたしを扉へと連れていこうとする。
そんなに元のトレーナーの元に帰りたいのだろうか。
そんなに、その人は素敵な人だったんだろうか。
わたしの曖昧でちゃんと知識として定着しないポケモントレーナーへのイメージと一致するそれは、いくら考えようとわたしの中で、わたしと縁を結ぶようには思えない。
そもそもわたしがトレーナーなんてなるはずがないし、お母さんはわたしが出歩くことにいい顔をしないし、ポケモンを持っているとはいえ、お母さんはトレーナーではないし。
わたしの中のポケモントレーナーは、かなり曖昧な存在だ。
きゅう、きゅう。
頭から手が離れてしまったから、もうアマルスの声は聞こえない。
それでも早く早くと、言っているのだろうとは簡単に想像がつく。
少しくらいなら、いいだろうか。
ポケモンを持たない人は街から出てはないけない。
そんな決まりはあるけれどそれは法律ではなくて、それを守らない子供なんていくらでもいる。
それにわたしには今、自分のポケモンでないとはいえアマルスがいる。……アサギやコガネくらいなら、日没までには何とかなるだろう。街と街は本当にそれくらいしか、離れていないのだから。ただわたしが明日筋肉痛になるのだろうな、ってそれくらいだ。
こんな、突然拾っただけのアマルスのために筋肉痛になってしまうのは頂けないけど、彼女を無視して、ポイって家から放り出す選択肢は、不思議とわたしの中には無い。
「ねぇ、貴方のトレーナーの居場所に心当たりはあるの? コガネ? それとも此処……エンジュ? アサギで船に乗るの? その三つの街くらいならついて行くけど、連れていくけど、それ以外は無理なんだからね。わたし、トレーナーでもなんでも無いんだから」
そう言いながらアマルスに近づいていって、またそっと、頭に触れた。返事は何となくでなくて、具体的に聞かないとどうしようもないことだからだ。
「アサギシティよ。私のトレーナーはそこで、二十日の船に乗るの」
「二十日の、船?」
「そう、二十日の船。シンオウ地方に向かうって言ってた。私のために」
二十日、二十日まで、あと二日だ。
それでもきっと旅をしているそのトレーナーはアサギシティに、今、向かっているか、いるか、どちらかなのだろう。
アマルスがいないと気づいたら、もしかしたらここに、エンジュに留まっているかもしれないし。
「なら少しだけ。今日、一日だけね」
そういってわたしは春物の、薄手のコートを手に取った。まだ外は肌寒い。こういうものを来ていた方がいいだろう。
風邪をひいて、ユキメに看病されるのも、お母さんに悲しそうな目をさせるのも嫌だった。
お財布と、あと、何を持とうか。
街へ出るなんて随分久しぶりだが、わたしにライブキャスターとか、ポケギアとか。そういうものは無いから、持ち物は少ない。
「あ、そうだ」
机に駆け寄って、ルーズリーフの端っこにシャーペンでさらさら文字を書く。

少し散歩に行ってきます

これで大丈夫だ。きっと心配させることも多分恐らく、ないだろう。
「いいよ、アマルス。行こう」
アマルス。そう呼びかけると、彼女は不服そうにきゅうきゅう鳴いた。なんだ。
訝しげに頭に手を当てると、彼女はどうやら、自分の名前を訴えていたらしい。
「シュニーよ。シュニー」
シュニー、なんて意味だろう。わからないけれど、名前があると花やぎがあるのもたしかだ。
それに名前があるのに種族名で呼ぶのだって失礼だろう。
頷いて、行こうか、シュニー、と、呼び直すと、今度はアマルスは、満足気に頷いたのだ。

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