恋を歌う雛鳥



 貞ちゃんの、からっと晴れた青空みたいな笑顔が好きだった。
 そんな笑顔を浮かべながら、天気の良い日に庭先を走り回って、刀派の違う短刀たちと鬼ごっこをしている貞ちゃんの姿はとても眩しくて、ずっと見ていたいと思っていた。

 あれから十年と時が過ぎた今でも、貞ちゃんはあの頃と変わらない姿のまま、他の短刀たちと元気に庭先を駆け回っている。

「……注意しましょうか」
「ありがとう、でも大丈夫よ」

 眉間に皺を寄せた長谷部がそんなことを訊ねてきたが、首を振り断った。
 長谷部は恰もこちらを気遣ったような言い方をしていたが。この喧騒に我慢ならないのは概ねいつも長谷部の方だった。大方、庭先で走り回っている短刀達がいつ先ほど干したばかりの洗濯物を汚すのか気が気でないのだろう。
 その気持ちもわからないわけではないが、もし注意して室内で鬼ごっこが始まってしまったら、それこそ洗濯物だけでは済まないだろう。

「目の届く範囲で遊んでくれているだけ良しとしましょう」
「ですが……」

 納得のいかない様子の長谷部がまたなにやら言葉を発しようとした、その時だった。

「あ────!!」

 誰ともいわず、そんな大声が聞こえてきたかと思うと、辺りに広がるような衝撃音が響いた。振り返ると物干し竿は地に落ちていて、そこに掛かっていたはずの衣服は全て土で汚れてしまっていた。
 ……つまり、長谷部が危惧していた通りのことが起きてしまったのだ。
 ちらりと横目で長谷部の姿を確認する。彼は怒りで震えた手を握りしめると、ゆらりと立ち上がった。機動の鬼と名を馳せる彼の本領発揮の時だった。

「貴様らぁ……!」
「やっべ!」
「鬼交代だ!逃げるぞ!!」

 四方に散らばっていく短刀達に、「待て!」とあまり効果のなさそうな言葉を投げかけながら追いかけていく長谷部。
 まだ仕事は終わっていないのだが、……今は休憩ということにしてあげようか。と、さらに騒がしくなった庭先の風景を眺めながら、長谷部が淹れてくれたお茶を啜った。

「主」

 長谷部が居なくなって空いた座布団の上に、また誰かが座った。

「もう鬼ごっこはいいの?貞ちゃん」

 そこには、先程まで元気に駆け回っていた貞ちゃんが居て、思わずそんなことを訊ねた。
 貞ちゃんは激化した庭先の鬼ごっこを横目で見た後、楽しそうに笑った。そんな顔をするわりには再び参加する気はないようで、彼は寛ぐように座布団の上で胡座をかき始めた。

「んー、まぁ。長谷部が相手だと楽しんでられねぇだろ?」
「いつもすぐ捕まっては怒られてたものね」
「見てたのかよ、かっこつかねぇなぁ」
「本当に懲りないわよね、貴方達って」

 十中八苦とばっちりだぜと貞ちゃんは肩を竦めた。確かに、先程も物干し竿を倒していたのは今剣と秋田だった気がするが、結局全員で逃げているのだからみんな共犯みたいなものだ。
 そのうち長谷部も誰が倒したのか分からなくなって、最後は全員に説教をする。でも鬼ごっこの後は流石に疲れるらしくその説教もすぐ終わるのだ。短刀達もそれを知った上で逃げているのだから、彼らにとって長谷部との鬼ごっこは遊んでもらっているのと大差はないのだろう。

「また遊んできたら?」
「今は主と話してるから、いい」
「私なんかと話をしてもつまらないでしょう」
「……主さ、もうちょっと男心ってもんを汲もうぜ」

 ずっと庭先へと向けられていた視線が、漸くこっちを向いた。やけに熱の篭ったその瞳に、しまったと思ったが、もう遅かった。

「好きだからだよ、好きだから鬼ごっこよりも優先すんの。知ってるだろ?」

 直球な物言いに恥ずかしくなって、そうだったねとお茶を濁すように言葉を返す。それが返事として間違っていることなど、百も承知だった。

 彼が、俺が噂の貞ちゃんだと名乗りを上げてから十年。私のことが好きだと云ってから五年が経っていた。
 初めましてと挨拶を交わした姿のまま、少し年を重ねた私を、まだ好きだと貞ちゃんは云う。それも、あの頃と変わらない、からっと晴れた笑顔を浮かべながら。

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