揺らめく蝋燭



「君は貞ちゃんに甘いからね」

 仕事の合間、そろそろ休憩しようぜと、いつものようにお茶菓子を持って執務室へとやってきた貞ちゃんと、数分だけ実のない話をして、茶菓子がなくなれば貞ちゃんは部屋を出て、私はまた仕事へと戻る。日課となったそのやり取りを間近で見ていた今日の近所である光忠は、空になった湯呑みを見つめながらぽつりと呟いた。

「……そう見える?」
「うん、僕から見ればね」

 どれだけ仕事に追われていようが、一息入れようと貞ちゃんに声を掛けられれば、私は簡単に筆を放り出してしまう。でもそれは、私が貞ちゃんに甘いのではなくて、弱いだけに過ぎなかった。

「もう十五年と返事を待たせているのに、甘くなんてないわ」

 まだ好きなのかと問えば、主も懲りないなと楽しげに笑った貞ちゃん。それが何よりの答えだった。
 貞ちゃんが、初めて私に好きだと云ってくれたあの日から、早十年。私は今も、あの眩しい笑顔から逃げ続けている。

「そうやって誤魔化し続けるのも、中々骨が折れそうだよね」
「随分人聞きの悪い言い方をするね、光忠」

 そう言うと、今のは少しわざと、なんて茶目っ気たっぷりに微笑んで見せた光忠に苦笑を浮かべる。
 貞ちゃんと光忠は伊達という括りの中でも特に仲が良い。だからこそ、彼は私のこの煮え切らない態度に不満を募らせているのだろう。今みたいに二人きりになった時、光忠の振る話題は決まって私と貞ちゃんの関係についてのことだった。

「そういえば、最近貞ちゃんが料理を教えてくれと頼んでくるようになってね」
「どうして貞ちゃんが?」
「さぁ、君が僕の手料理を褒めるものだから、妬いちゃったんじゃない?」

 そんなことで、と思ったのが顔にも出ていたのか、私の心の声に、立派な動機だよと光忠が返事をした。

「あーあ、君のせいでどんどん貞ちゃんに嫌われていくような気がするよ」
「私より長い付き合いの癖に、なに不安になってるのよ」
「うん、そうだよ。そうだけど、今貞ちゃんがやきもちを焼くほど好きなのは僕じゃなくて君の方じゃないか」

 途方に暮れたような声に、私は何も言えなくなる。人伝にまで伝わってくるその好意を、私は随分と前から持て余していた。
 私が黙ると、光忠は少しだけこまったように眉を下げる。

「一応聞くけど、応えようと思ったことは、ないの?」
「ないわ、一度も」

 判然とそう答えれば、光忠はとても残念そうな顔を浮かべた。
 応える気は無い、かといって、突き放す気にもなれなかった。光忠は、それが気に食わないのだろう。
 優しくて、気も使えて、私のことを好いてくれる貞ちゃん。嫌いなわけがない、ただ、恋人にしたいかと問われると、薄情ではあるが、そこまでではない、というのが答えになってしまう。それに、

「此処で誰か一人を選ぶことは、贔屓になってしまうかもしれないから」

 顕現したばかりで精神がまだ安定していない子や、修行先で過去を知り、不安になってしまった子、他にも手の掛かる子達がこの本丸には大勢いるのだ。
 たった一人を選ぶこと、それがこの本丸にいる誰かを不安にさせることなら、私は誰も選びたくはない。

「……それに関しては、心配しすぎだと思うけど」
「そうかな」
「うん。だって、みんな君のことが大好きなんだから、君が誰を選んだって、きっと納得はしてくれると思うよ。僕は、その相手が貞ちゃんであれば嬉しいと思うだけで、例え君が他の人を選んだとしても、文句は無いよ」

 やけにさっぱりした意見に、そういうものかと問えば、そういうものだと鸚鵡返しをされた。
 仮に、光忠の言うことが本当だとして、私はそのたった一人に、貞ちゃんを選ぶのだろう
か。……考えてみたが、私よりも、一回り、二回りと歳の離れた外見の人を恋人だと紹介できる自信が私にはなくて、結局、私が貞ちゃんを選ぶことはないのだろうと、そんな最低なことを頭の中で考えてしまう。
 ならば、こんな言い分は、ただの言い訳だ。

「光忠」
「なんだい」
「私って、案外酷い女なのかも」

 自己嫌悪の元、事実を声に出せば、今更だと光忠が笑った。

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