01



 日々樹渉。
 私と彼は、それほど仲の良いわけではなかった。

 家が近くて、オマケに幼稚園、小学校、中学校まで一緒だったから他の女の子よりも距離は近かったというのは確かだろうが。ただそれも、小学校の集団登校が私と彼しかいない少ない班で、ほぼ二人登校だったから自ずと距離が縮まっただけの話。
 学校の授業の一環として行われたフォークダンスの時なんて、彼を狙っている女の子は学年の女子全員というほど居たのにも関わらず、彼はその誘いを全て跳ね除け、私の前へときたかと思えば、跪くと私の手を取りこう言ってみせた。

「一緒に踊ってくれませんか?お姫様」

 それは、幻覚などでは決してなかった。衝撃が強すぎて、今でも一字一句間違えることなくはっきり覚えている。私は、その言葉に顔が赤に染まるよりも早く、女の子達の殺意に満ちた視線に晒され真っ青になった。
 男の子に余り好感を抱けない私は、小学校の頃から彼と接する事を成る可く避けてきた。彼の見目がどこぞの王子様のように整っているのも、幼馴染である私が色々と友人関係で苦労してきた原因の一つであった。

 それでも、彼は引かれた線など御構い無しに何度だって飛び越えてはこちら側へと踏み込んで「迎えにきましたよ、お姫様」なんて歯が浮くような台詞と共に、私の前へと現れるのだ。

 正直に言ってしまうと、私にはそれが恐ろしくて堪らなかった。

 フォークダンスの時も、私は周りの目線に心底肝が冷えたが、彼はただ楽しそうに笑いながら、そんな私をリードしてくれた。
 何度足を踏んでも、何度私が躓いても、それでも次の日、また次の日と、遂に本番まで、彼は私と踊り続けた。

 ふわふわと重力に従って靡く髪、それに合わせてステップを刻む彼は、映画に登場する王子様のように美しくて、見惚れると同時に私がその手を取ることが、ひどく後ろめたいことのように思えた。

 ダンスの最中、ふと視線を感じれば、私を羨望の眼差しで見つめる子が居た。その彼女こそ、日々樹くんの手を望んでいる子であった。
 その日から、何度も、何度も、夢に見る。私の手を取り、楽しそうに踊る日々樹くんと、足を縺れさせながらも必死で彼についていく私。そんな私をみて、誰か言う。
 なぜ、なぜお前なのだ。なぜ、お前なんかが、彼の隣に立っているのだ。と。
 まるでそれが罪であるかのように、誰かが私へと問いかける。そんな夢をもう何年も見続けていた。

 昔から、王子様みたいにかっこよかった日々樹くん。
 きっと私は、彼のお姫様にはなれない。
prev next


top/back