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 学校ではあまり話したことのない私達だったけど、家が近所であるせいか、帰り道では彼と鉢合わせることが多かった。
 その時は、周りの目を気にしながらも家に着くまでの間、ぽつぽつと小さな声で彼と話をしていた。彼の方は相変わらず、役者のように声を張って私へと話し掛けていたけれど、それでも、少しだけ昔に戻ったような何気なさがそこにはあった。

「ほぉ、夢ノ咲学院ですか」

 その日、彼は私の志望校を聞くと、意外だというように態とらしく目を瞠った。

「うん、普通科のね」
「意外ですね、貴方はもう少し地味な高校を選ぶかと……あ、いえ。決して皮肉とかではありませんよ?」

 気遣うその言葉に、分かってると苦笑を返した。確かにあそこは、アイドル科や音楽科などの芸能教育に力に入れている学校だ。
 芸能界を目指しているわけでもない私がわざわざ夢ノ咲を選ぶ理由が見当たらないのだろう。

「アイドル、好きなんだ。ほら、普通科の生徒だとライブとか見放題って聞いたし」
「……それは初耳ですね」

 その言葉に、言ってないからね、と返事をした。アイドルが好きだなんてカミングアウトはクラスのヒエラルキーの頂点に居るような女子くらいしかできやしない、私のような目立たない者はそっと心の中に留めておくのが一番良い。それに、身近にアイドルくらい顔の整った彼がいるのだから、こんなことを言うと余計にクラスの女子からの反感を買ってしまうだろう。

「貴方って、偶にとんでもない行動力を見せますよねぇ」
「日々樹くんに言われると複雑だなぁ」
「褒めているんですよ」

 そうは言っても、行動力で言うなら日々樹くんの足元にも及んでいないと思うのだけど。
 漸く会話が乗ってきた頃に、いつも家に着く。少し名残惜しいと感じる自分の気持ちに蓋をするように、私は自分の家の扉へと歩み寄る。それじゃあ、と別れの挨拶の前に、ふと、気になることを思い出した。

「あ、ねぇ、日々樹くん」
「なんでしょうか」

 最後に、と。聞きそびれていた質問をする。

「日々樹くんは、もう志望校決まったの?」

 その質問に、日々樹くんは悩む素振りすら見せず、直ぐに答えた。

「ええ、夢ノ咲にしようと思ってます」

 それは、まるで今決めたとでもいうような、気持ちのいい即答だった。それだけ言って、背を向けて去って行く日々樹くん。遠ざかっていく後ろ姿を、私はぽかんと呆けた顔で見送ったのだ。
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