笑みを湛えて



君って嘘を吐く時、
必ずその指に髪を巻き付けるよね






 みょうじなまえ
 裕福な家庭で育った彼女は、自炊の必要性を成人する年になるまで見出すことができなかった。
 両親が子供に盲目的な愛情を注いで居る事も原因の一つではあるが、彼女に向上心がなかったのが大きな理由であった。そうして甘やかれて育った彼女は、今や家事全般不得意となってしまった。このままでは嫁の貰い手がないのでは、と危惧した使用人達によって家事や掃除について指導を受けたこともあるが、軽い武勇伝が出来上がるくらい、それはもう悲惨な結果で終わった。そして、それ以来使用人が彼女に家事を教えることはなくなった。

 幸いにも頭の出来と外面だけは良いのだから、それでなんとかしてほしい、というなんとも投げやりなものが使用人達の見解である。

「無責任だね、クッキーを木炭にする君が、結婚どころか交際まで運べるはずが無いのにね!」
「木炭からこんなに甘い匂いがするわけないでしょ」

 そんな話を、大声で笑い飛ばす幼馴染。アイドルじゃなければ殴っていたところだ。
 その隣では使用人がビクビクして立っている。そりゃそうか、自分達の陰口が露呈している上に、それを本人が面白可笑しく語って居るのだから、居心地のいいはずがない。

「多分、相手の一人や二人は居ると思うんだよね、それに料理出来なくても相手がしてくれればいいだけの話だから」
「ぼくはそんな人、お嫁には欲しくないね」
「私も旦那さんが日和くんなら、ドレス引き裂いて逃げるよ」
「ほら、そんなんだから貰い手がないんだ」

 そう揶揄うように笑われる。2つ年下の男に揚げ足を取られた気分だ。いや、気分というか、実際そうなのだろう。
 自分の矜持などあってないようなものだと思っていたが、こいつに言われると中々癪に触る。

「別に、結婚願望があるって訳じゃないし、いいんだけど」
「……へぇ」

 強がって言ってみても、彼は見透かすように目を細め、自らが木炭と貶すクッキーを口へと運んだ。
 苦そうに顰蹙する顔に、嫌なら食べなきゃいいのに、と思う。思うだけで口にはしない。喧嘩になるのは目に見えてるからだ。

 くるくると、指先で髪を弄りながら、使用人が用意した紅茶を潤す為だけに一口含んだ。
 その間も、彼は少しにやけたような半月の目線をこちらに向けていた。
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