02



 彼にとって、私は大人気ない女として映っているのだろうか。
 年下の彼を散々揶揄ったり玩具を取り上げるなどして苛めたりと、昔の私って結構ひどいやつだったんだなぁと今になってしみじみ思う。最近の意地悪な日和くんは、その時の報復をしているのかもしれない。それにしても、よくそんなやつとこの十数年間、一度も縁を途絶えさせることなく付き合ってきたなと、彼の我慢強さには素直に感心する。私が彼なら、早急に連絡を断ち、そして二度と会わないように手回しをしてもらうだろう。彼もそれが出来たはずなのにしなかったのは、負けず嫌いなのか、何か別の理由があるのか……。いや、これは絶対に前者だろう。

 そう思うと、私たちって結構長い付き合いなんだね。と、今更過ぎることを考えた。
今思えば、私が受験で参っていた時も、彼が転校を決意した時も、隣とは行かずとも、近い距離でお互いにお互いを見守っていた気がする。居心地のいいその距離は、最早友人を超越した何かに変化を遂げていたが、その何かの正体は未だ曖昧だ。でも、それでいい気がした。

 もう、昔のようにあだ名で軽々しく呼び合える仲ではなくなってしまったけど、その時よりも今の距離感の方が遥かに楽しい。
楽しい、のだけれど。

「……ひーちゃん、か」

 それは、懐かしくも擽ったい音の響き。後にも先にも、きっと彼をそんなあだ名で呼んだのは私だけだろう。いや、ひょっとしたら彼の彼女になる人は呼ぶ権利はあるのかもしれない。彼さえ、許せばの話。

 そんな思考が、何故か心情を曇らせた。
 彼の恋愛観なんて知らない、知らないからこそ、幾らでも想像出来てしまう。なんだかそれが、無性に寂しい。

「日和くんが結婚する時、私、ちゃんと喜べるかなぁ」

 その頃には、私も結婚している……と思いたい。まだまだ先の話なんだろうけど、彼と気兼ねなく話ができる時間が奪われるのは、うまく言葉にできないけれど、すごく切なくて、惜しい気分だ。

 ……恋?いやいや真逆。この感情はきっと、



「きっとね、子が家を出る時ってこんな気持ちだと思うの」
「うんうん、なまえちゃんが馬鹿なのは昔からだからね、ぼくはちっとも気にしないね!」

 昨日感じた寂しさを、そんな達観した物に変換して伝えれば、そんな失礼な言葉を吐かれてしまう。気にしないと言いつつも、これでも内心はかなり腹が立っているということに気付いている。ダテに10年以上幼馴染やってないんでね。

「それに、どちらかというと、君の方が子と呼ぶに相応しいねっ!」
「内面の話はしてませんー、お酒飲めるかどうかの話ですー」
「なまえちゃん、お酒飲めないよね」
「だから内面の話じゃないって」

 お酒だって、飲めないわけじゃないのだ。ただ美味しいと思えないだけで、飲もうと思えば飲める。不味いけど。
 対抗するようにそう言ったところで、彼は矢張り子供ではないかと笑うだけ。そんな君は飲むことすら許されない紛うことなき子供だけどねっ

「そもそも、どうして急にそんな話を?」
「んー、昨日ふと思ってね」

 そのまま、昨夜私が抱いた漠然とした不安を、ゆっくりと溶かすように吐き出していく。

「日和くんか私のどちらかが結婚することになったら、今みたいに遊んだり話したり出来なくなるでしょう?それが寂しいなー……って」
「そうなの?」
「えっ、そうでしょ」

 そういうものなのか、と。無垢な子供のようにふんふんと話を聞く日和くん。今の反応から察するに、彼女が出来ても私の元に通う気でいたのか、と少し信じられない気分になる。

「そんなことを考えるってことは、相手でも見つかったの?」
「まさかぁ、あぁでも当分は相手がいてもいいかなぁって。今は、日和くんと一緒の方が楽しいし」

 因みに、これは自分磨きをしない言い訳でもある。両親に孫の顔を見せてやれる機会は、ひょっとしたら一生やってこないかもしれないけど……まぁそれは姉の方が何とかしてくれるだろう。妹は妹らしく、のんびり気ままに暮らします。なんて、親が聞いたら泣かれかねない事を考え、テーブルに置いてあるクッキーを手に取った。

「なら、もうぼくでいいんじゃないかな」

 その直後、気の迷いでしかない言葉が飛んできたから、思わず手からクッキーが滑り落ちた。
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