きみと始めるプレリュード



 その日の目覚ましは、いつもと違った。

「起きろー!なまえー!」

 頭までかぶっていた布団が無情にも剥がされ、無防備となった私に容赦のない朝日が突き刺さった。荒っぽいその起こし方に、実家にいた頃を思い出す。社会人になってから、このような起こされ方は初めてだった。
 ともあれ、寝ている人に向かって布団を剥ぎ取るなどの行為は大罪にあたる。抗議するように目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべたスバルくんがいた。

「おはよう!なまえ!」

 その言葉に、側に置いてある目覚まし時計へと目を向けた。針は、六時を少し過ぎた辺りを指している。まだ早朝だが、働いていた頃は、この時間に起きていた。とはいえ、失職した今の私には早起きの習慣はない。
 寝起きでまだぼんやりしている私とは反対に、スバルくんは昨夜の静かさが嘘だったように、すっかりいつもの元気いっぱいな姿へと戻っていた。

「……早起きだね、スバルくん」
「いつも大吉を散歩させてたからね!」

 大吉。懐かしいその名前に微笑ましくなるのと同時に、スバルくんが不在の今、その子犬のお世話をしている人は誰なのかが気になった。
 こうして目覚ましをセットしていないにも関わらず早起きをしたり、スバルくんにはもう日常のルーチンがある。朝に大吉を散歩させることはその一部だったのだろう。
 染み付いたその習慣を捨ててまで、どうして彼はここに来たのだろうか。
 それを考えかけて、やめた。なぜだか、あまり知りたいとは思わなかったのだ。

「そういえば、スバルくんはもうこのアパートの大家さんとは話した?」
「まだ話してないよ?」

 その返事で、なんとなく今日の予定が決まる。とりあえず、昼になったら大家さんの元に行って事情を説明しないといけない。彼がいつまで居るのかはわからないが、その間は二人で暮らすことになるのだから、大家さんから許可を貰わない限りこの生活は始まらない。
 スバルくんにもそれを説明すると、彼はそれを聞いて意外そうに目を瞬かせた。

「なまえはいいの?」

 いつもよりも少しだけ自信なさげなその言葉に、どういうことかと訊ねた。

「俺がここにいても、いいの?」

 そんなことを、スバルくんが迷子の顔をして言うものだから、私は思わず首を捻ってしまった。突然おし掛けておいて、いまさら何を言っているのだろう。不思議に思いながら頷けば、スバルくんはその目を大きく見開いた後、嬉しそうに口角を上げた。

「やった〜!」
「わっ」

 快活な腕が伸びてきたかと思うと、それが背中へと回された。喜びの感情が有り余った時、彼はいつもこうやって人に抱きついていたが、どうやらまだその癖は抜けていないらしい。

「といっても、まずは大家さんに許可をもらわないといけないんだけど……」
「あ!そうだったね!じゃあなまえも一緒にいこっ☆」
「えっ、ちょっと!」

 パッと身を引いた方思うと、今度は私の腕を捕らえて、そのまま玄関へと向かっていく。時刻はまだ六時半を過ぎたあたり。流石に大家さんはまだ寝ているだろう。……いや、それよりも、もっと重大なことを、彼は忘れている!
 意気揚々と外へ飛び出そうとするスバルくんに、慌てて私は叫んだ。

「スバルくん、せめて顔は隠して!」
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