振り切ったはずの過去だった。強くなければいけない。強くないと価値なんてない。最高の景色は強さの先にしかないのだから。
 だから捨てたはずの弱さだった。仲良しこよしの温いリレーなど自分には必要なく、結果、他が比肩できないような圧倒的な泳ぎを手に入れた。
 それでよかった。結果は手に入れた。
 なのに、なんで。
 どうして、弱い奴の言葉が、胸に刺さって取れないんだ。

 ──笑って、楓。

 屈託ない笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。思い出された過去の面影が、胸を締め上げる。

 ──楓なんて、だいっきらい!

 だからなんだ。それがどうした。
 他人からの凡ゆる評価は無意味で無価値で、己だけが正しく自分を見て、評価すればそれでいい。好き嫌いも、いい悪いも、何もかも自分にはどうだっていいのにどうして──

「……んでだよ」

 吐露した言葉は、雨音に消えていく。

     *

 空を厚く覆っていた曇天がぽつりぽつりと雨を呼び、やがて地面に叩きつけるような豪雨を連れてきた。傘を持っていなかった躰はあっという間に濡れ鼠になって、慌ててコンビニで傘を買ったけれど後の祭り。体に張り付く水気を帯びた服が体温を奪って、陰鬱な気分が更に沈んだ。
 隣の彼を見れば、同じように雨に打たれて水が滴っている。その胸元はもう色濃くなって、自分が濡らした部分との境目は分からなくなっていたけれど、涼しい顔をしている彼に晶は居心地が悪くなった。

「あの、私もう帰るね。遠野君も風邪引くから早く帰りなよ」

 努めて冷静に、口許を少しだけ緩める。楓との気まずい場面を見られて、更に慰めまで貰って平然としていられるほど心は鋼でできていない。
 けれど──

「泣いてる女の子を放って帰る男だと思われてるなら、心外なんだけど」

 降ってきた言葉はひどく優しく、しかし声音はぶっきらぼうだった。
 ぱちりと瞬いて、彼を見遣る。交錯しない視線に首を傾げれば、ゆらりと無機質な瞳が向けられた。

「きて」
「え……あ、遠野君っ」

 有無を言わさないような声を出した彼は、晶の反応も見ずに傘を差して驟雨の中を歩き出す。慌てて後を追う彼女を振り返りもせず、けれど着いてこられるように歩幅を小さくして歩く彼の後ろ姿を眺めながら、晶はその背を追った。

 つい、といっても数ヶ月前になるが、その時は捨てられた子犬のような、寄る辺なく立ち尽くす子どものような、そんな様相だった相手に今度は連れられて、自宅に上がるなんて思ってもみなかった。雨に打たれたシチューションも同じだが、今は立場が逆転している。さすがに冷えた体をシャワーで温めることは憚られたが、「風邪引かれても困るから」と彼の部屋着を脱衣所に投げ込まれ、仕方なく袖を通した。
 オーバーサイズの服の裾を結び、ドライヤーで髪を軽く乾かしてからリビングへと入れば、ローテーブルの上には湯気が立つコップが一つ。甘い匂いが鼻孔を抜けた。

「女子はみんな甘い物が好きと思ってる?」
「いらないなら僕が飲むけど」
「冗談だよ。ありがとう」

 へらりと苦笑してコップを両手で持ち、数回、息を吹きかけて熱を飛ばす。ちびちびと口に含めば、咥内にとろりと、甘味が広がった。冷えた体の芯が温まって、それが胸の内まで伝播する。何も言わずに、けれど側に居てくれる彼に、沈んでいた気持ちが少しだけ上向いた。

「……もう少し、上手く話せると思ってた。せめて口喧嘩なんてせずに冷静にいられると思ってたのに、全然駄目だね」

 するりと、素直な心内が口から溢れる。一度溢れると止まらず、独り言のように次々と想いが外に出た。

「私が知らない楓がいるのは当たり前なのに、いざ友達のこととか、リレーのこととかを否定されたら、気持ちが追いつかなくなっちゃった。桐嶋君のことで悩んでた時の遠野君も、こんな気持ちだったのかな」

 苦笑混じりに眉尻を下げて、空元気を見せる。けれど黙した日和の真っ直ぐな視線にぐっと言葉を呑み込んだ。
 場を取り繕うことはできないと、思わず弱い心が顔を出す。

「もしかしたら、もう一度、ちゃんと話せるかもと思ってたのになぁ」

 駄目だ。声が震えてしまう。笑っていても、胸の内がズキズキと痛んで、顔に出てしまう。辛い、悲しい、負の感情が連鎖して、ぎゅう、とカップを握った。こんな弱い姿を見せたくないし、見せるような間柄でもないのに申し訳ない。

「ねえ、金城と何があったの」

 黙してしまった晶の耳朶を、怜悧な声が打った。凛と鼓膜を揺らした彼の言葉に、陰鬱な面持ちとなっていた晶の面が上がる。

「言いたくないなら言わなくていい、なんて優しいことは言わない。僕は知りたい。金城のことも君のことも知る僕が、聞きたいんだ」

 真っ直ぐ晶を見据えた視線は真摯だった。嘘偽りない瞳は晶の心をしっかりと捉える。弱りきった心が、熱い焔に解かされた。
 自分のことも、楓のことも知る目の前の彼に、えも言われぬ情動が湧き上がる。その気持ちのまま、晶の口は自然と開いた。

     *

 歯車がズレていると気付いたのは、六年生に上がる頃だった。

「ねぇ、楓。リレーの練習しないの?」

 水着の入ったバッグを引っさげてスイミングクラブを後にした楓の背に、晶は声をかけた。足早に帰る楓の後を追いかけて、立ち止まらないその背に追いついて、問いかけた。
 緩慢に振り返った楓は晶を一瞥すると、ひとつ息を吐いた。馬鹿馬鹿しいと顔に書いてある。

「遅い奴と泳いだって勝てないだろ。自分のことに集中してえし」
「けど、引き継ぎ練習しないとこれ以上タイムが伸びないって」
「個人で速ければいい」
「それは……大事だけど」

 違う。そうじゃない。個人で強い選手が合わさっても、それだけじゃ、リレーで勝てないことは楓自身が知っているはずだ。全員でつなぐ最高の景色を見せてくれたのは他ならぬ彼自身というのに、まるでそれがなかったかのように、一人で強くなることに拘っていた。
 立ち止まった二人の傍をチームメイトが通る。「遅くて悪かったな」「調子乗りやがって」と捨て台詞のように吐いた言葉に、楓は何一つ返さなかった。ただ、嘲笑するように、口の端が吊り上がっていて。
 その横顔に、ぞわりと背筋が粟立つ。

「俺は、俺のために泳ぐ。他人なんて関係ない」

 聞いたこともないような冷徹を孕んだ声音に、晶はそれ以上、かける言葉を見つけられなかった。

 狂った歯車は、元には戻らない。
 だんだんと、楓は一人になっていった。チームの仲間と談笑することもなくなり、練習中に笑顔を見る機会も減った。
 並行して、練習中に晶と視線が合う機会もまた、減っていった。来るな、とまでは言われなかったが、あからさまに視線を逸らされ、時にはいつの間にか自分を置いて帰っていることもあった。
 避けられているとは理解できた。今まで、眩しい太陽のような笑顔を向けてきてくれていた楓が、顔を、視線を逸らす。レンズを向けてシャッターを切っても、いつもどの角度からも暗い顔の彼しか見えない。
 不安の二文字が頭を支配する。けれど、胸に渦巻く焦燥をどう処理をすれば良いか、幼い晶には分からなかった。
 自分は泳ぐことができない。
 楓と一緒に、高みを目指すことも、肩を並べることもできない。
 もし、自分が男で、一緒に泳ぐ仲間だったら違ったのだろうか。女だから、楓は自分に何も話してくれないのだろうか。小学四年の時に見た、あのきらきらした景色はもう、泡沫となって過去に消えてしまったのだろうか。
 何も話さない彼に、自分は蚊帳の外に置かれている気がした。なんで、どうして。近づこうとしても離れるその距離の理由がわからなくて、その現実に胸がちくちくと痛んで。
 そんな時だった。

 楓の大切な、水泳を教えてくれた従兄弟が、亡くなったのは。

「──楓、大丈夫?」

 通夜と葬式のために帰省した楓がクラブに帰ってきた日。地区大会が迫っていたその日の練習では、大会の選考を兼ねたタイムアタックが行われた。
 個人で楓に敵う選手はいない。頭ひとつ抜けた速さで他者を置いていくため、誰もが彼の泳ぎに不安など一つも抱えておらず、いつも通り、好タイムで一着になると思っていた。
 しかし、結果的に楓のタイムは伸び悩んだ。首位は譲らなかったものの個人ベストには遠く及ばなかった。

「あの、楓ならきっと、もっと速く泳げるよ。ちゃんと見てきたから、大丈夫だから」
「……おう」
「えっと……だから、その」
「じゃあな」
「あ、うん」

 またね、と。クラブの前で晶に踵を返した楓の背に呟く。声音には焦燥も憤りも感じられなくて、ただ無機質に自分の結果に向き合っているように見えた。
 同じように帰宅の途に着く同学年の選手らが晶の横を通り過ぎる際、吊り上がった口角が晶の視界の端に映る。

「ダッセェの。タイムめちゃくちゃ落ちたじゃん」
「澄ました顔してるけど、内心焦ってんじゃないの」
「あーあ、いっそのことボコボコに負ければ良いのに」

 わざとらしい嘲笑が耳朶を打って、無意識に拳を握り締める。じとりと睨め付けた先の同級生達は、嗤いながら「おー、こわこわ」と去っていった。

「負けないもん」

 下唇を噛んで、独りごつ。誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように、何度も何度も。

「楓が、負けるはずない」

 個人だってリレーだって、いつだって勝ってきた。ただ勝つだけではない。泳いだ先にある最高の景色を、楓は見せてくれた。
 だから大丈夫。きっと、今は調子が悪いだけだ。心身共に不安定なのだ。だからまたきっと、リレーだって楽しく泳いでくれる。

 それは、もはや祈りだった。そうあって欲しいという、幼い時分の願いだった。

 ──晶の願いに呼応するように、楓のタイムは持ち直した。地区大会では一番の泳ぎを見せつけ、ぶっちぎりの一位で予選を突破した。小学校最後の大会での優秀な成績に、クラブの誰もが歓喜した。


 けれど楓は──リレーに出ることはなかった。
 

「楓、なんで」

 斜陽が照らす背中に、晶は語り掛けた。自分を殊更に避けるようになった楓に敢えて近づき、問いかけた。
 メンバー発表の際に呼ばれなかった名前。コーチが外したのか。ならば何故、チームトップの速さを誇る楓を。

「温いリレーなんかに、これ以上付き合ってられるかよ」

 しかし、返ってきた言葉に晶は愕然とする。
 外されたのではない、自ら外れたのだ。リレーは泳がない、と楓自身が拒絶した。
 確かに、楓がリレーに対して乗り気出なくなってきていることは薄々感じていた。しかし、晶はそれでも自身に言い聞かせていた。大丈夫。水泳に真摯に向き合う楓が、泳がないはずがない、と。
 突きつけられた現実に、呆然と晶は問う。

「なんで、リレーを嫌うの」
「何回も言ってるだろ。遅い奴らに合わせてても勝てないし、上にいけない」
「引き継ぎを上手くしたらもっと上を狙えるってコーチも言ってたよ。確かに速い遅いの差はあるけど、でもっ」
「ばっかじゃねえの」

 せせら笑った彼の声音に、ぞくりと背筋が粟立つ。視線の先で、楓は仄暗い瞳を晶に向けた。

「強くない奴に、何の価値があるんだよ」

 ずきりと、心臓が痛む。
 同時に、自分の中で何かが崩れる音がした。
 信じてきたものが、理想が、塵芥になって消えてしまう。過去の自分たちの思い出すら、なくなってしまう。
 そう思った瞬間、反射的に声が昂った。

「楓は、リレーが似合うよ! 楓のためにも、きっとリレーは良いと、思うの」
「んだよ、それ。お前に何が分かるわけ?」
「それは……」
「ずっと勝つために練習してんのに、弱い奴に足引っ張られるリレーをしろって? お前、何も分かってないじゃん」
「違う! 楓は、楓は!」
「お前に! 関係ないだろ!」

 怒声が鼓膜を揺らした。しまった、と気づいた時には、すでに彼の目は、晶をきつく睨みつけて。

「俺に、お前の理想を押し付けるな」

 明確な隔意を、示していた。怒りと拒絶が入り混じる瞳に、晶は言葉を失った。
 どうして、こんなことになっちゃったんだろう。
 強さを求めて、速さを求めて、その先にいったい何があるんだろう。
 胸の奥に芽生えた問いを、けれど晶は伝えられなかった。「ごめん」と一言置いて、彼女は彼に、背を向けた。

 ──最高の景色は、仲間と勝ち取ったあの奇跡は、もう永遠に来ない。

 自分は勘違いしていただけなのだと、思い知らされた。写真を通したあの快活な笑顔はもう見られない。もっと、もっと。強さこそ全てという強迫観念に囚われた彼との溝はどんどん開いて。
 そうして、卒業間近となった六年生のある日。
 親から転勤のことを聞かされた彼女と、彼の亀裂は、決定的なものとなった。

「──転校……?」
 
 凍てつく寒風が木々を揺らし、春の便りがまだ感じられない日に、晶は楓に自身が転校することを伝えた。クラブからの帰り道、いつもの土手で話を切り出した。
 呆然と呟いた彼に、晶はひとつ頷く。
 
「父さんの実家の中学校に行くの。母さんも父さんも忙しいし、また転勤ばかりになるのは私に負担があるから、お婆ちゃんとお爺ちゃんのところで暮らすんだって」 

 淡々と、事実を述べ伝える。僅かに視線を逸らして、なんてことない、という風に話した。

「言うの遅くなってごめん。でも、こっちにも帰ってくることがあると思うから」

 今生の別れではない。手紙だって書く。
 へらりと笑って、眉尻を下げて、大したことないと笑顔を保った。寂しくない、大丈夫。そう自分に言い聞かせた。
 だってもう、関係ない≠ゥら。
 だってもう、戻れないから。
 哀の色なんて見せたくなかった。見せてしまったら、落胆させると思った。離れたくない、と思うのは、まだ未練≠ェあるから。そんな自分の想いを見透かされるは──否、また拒絶されるのは、恐かった。
 だから、取り繕った。
 だってもう、楓は、きっと──


「お前も俺を置いていくのかよ」
 

 しかし、彼の低く唸るような声に、晶は言葉を止めた。
 逸らしていた視線が合わさる。交錯した視線の先にあったのは、苦しげに自身を見つめる彼の姿だった。
 その姿に、晶は当惑する。
 なんで、どうして。
 どうして、そんな顔をするの。
 訳がわからず黙してしまった晶に、楓はくしゃりと顔を歪ませた。怒りと嘆き、哀しみが入り混じった声音で、吐き捨てる。

「俺を置いて、どっかに行ってそれっきりにするんだろ! 自分だけ、新しいとこに行って!」
「な……ちが、違うよ! 私だって、楓とっ──」

 同じ景色を見たかった。共に泳ぐことはできなくても、最高の景色を共有したかった。
 でも、それが叶わないと痛感した。一人の強さに固執する楓にはもう、自分はいらないのだと。
 そう──言い聞かせて。

「結局、一人なんだ。他人なんて、邪魔なだけだ」
「……かえで」

 だというのに、どうして。

「お前なんか」

 両の目尻に、光の粒を溜めて。


 ──大っ嫌いだ。
 

 どうして、そんなに悲しい顔をするのか。
 
 薄い被膜を瞳に貼って、斜陽に照らされた涙を拭うこともなく走り去った彼を、晶は追いかけることはできなかった。
 そして、もう一度、心を通わす一歩を踏み出す勇気も、なかった。

     *

「時間が経つにつれてお互い、住む世界が違うことはわかってたけど、あんな形で別れるなんて思ってなかった」

 滔々と、自身と金城のことを話した彼女は、間を挟むようにカップに口をつけた。喉をゆっくり潤すと、もう一度口を開く。

「私ね、両親が多忙で、けどあんまり文句も言えなくてさ。そんな中で、楓と一緒にいる時だけはやりたいことを沢山できたの。楓は私を突き離さずに居てくれて、だからきっと、間違えた」

 自分の言葉が、金城を傷つけたと、彼女は自嘲気味に語る。

「一人での強さにこだわる楓が分からなかった。リレーを泳がない楓が信じられなかった。私を助けてくれた楓が、どこかに行っちゃうと思うと耐えられなくて、結局、逃げたのは私だったのに、なのに」

 ぐっ、と下唇を噛んだ彼女は体を強張らせる。迫り上がる感情に耐えるように少しばかり俯いて、数秒してから、呟いた。

「また、ひどいこと言っちゃった」

 消え入るような声量に、日和はひとつ瞑目する。数秒してから緩慢に瞼を上げて、徐に彼女に近づいた。
 そっと、掌を頭の上に乗せる。

「話してくれて、ありがとう」

 ぴくんと、彼女の肩が揺れた。
 君は悪くない、とか。すれ違っただけ、とか。そんな優しい言葉をかけるべきではないと感じた。ただ、胸の内に秘めた楔を改めて痛感しながら、それでも話してくれた彼女への礼儀は通したいと思って。
 彼女は、何も応えなかった。ただ、静かに溢れる雫だけが、彼女の心内を伝えていた。

 ──ちょっと、シャワー浴びてくる。
 話を聞き終えて、涙で頬を濡らす彼女を見たら少しの間、一人にした方がいいと判断して。冷えた体を温める体裁で、その場を離れて数十分。自分の中で話を整理する時間も兼ねた時間設定だと思った。
 その数十分の間に起きてしまった出来事に驚愕する。

「白崎さ……て、嘘でしょ」
 
 まさか彼女が泣き疲れて寝こけるなんて夢にも思わなかった。
 驚きを覚えつつ、そっと、ソファに横になった彼女に近づく。確かに、服を着替えて髪を乾かして、さらに温かい飲み物を飲めば眠くはなるだろう。そうだろうが──

「一応、男なんだけどなぁ」

 もはや苦笑すら出てこない。信頼されているといえば聞こえはいいが、警戒心がなさすぎではないか。何もないが、間違いが起こったらどうするつもりなのか。
 起きたら説教をしてやろうと決意しつつ、しかし日和は、まだ濡れた彼女の目尻に目を細める。
 
 弱音を吐けない彼女の、脆い部分を見た。
 
 かつて日和は彼女に伝えた、『人と一線を引いている』と。他人と自分を分けて、あくまで関係ない存在にしようとしている。
 きっとそれは、彼女の生き方だ。処世術と言うべきか。
 関係ないと隔意を示されて、その連続にもう傷つかないように自分から心を閉ざす。誰とでも臆することなく接しても、決して深いつながりは求めない。自分は大した@F人ではなく、その他大勢の一部に過ぎないように振る舞う。
 過去を誰にも話さず、多くを語らない彼女の歪な一端を見た。

「不器用だね、君は」

 本当は、大切にしたいくせに。
 本当は、寂しいくせに。
 かつて、一人で大丈夫と他人に笑顔を振り撒いていた自分と重なる部分に、侘しさが芽生えた。

     *

 思い出すのは、陽だまりのような笑顔と、真っ直ぐな瞳だった。何があっても自分を信じて、何があっても自分を見つめてくれる、そんな存在だった。
 思えば、あの頃はまだ、夢を見ていた。いつかきっと、きっとアイツ≠ニ一緒に泳げるという夢。大きいようで、けれど世間的に見れば小さいそんな憧憬を一笑に付さずに、あいつは見てくれた。
 強さに拘泥して、必死に上を目指して、孤立してもずっと、あいつは傍にいた。強さという武器でアイツ≠フ隣に立つために温いリレーも仲間も捨てて、高みだけを目指す中でも、あいつは離れようとしなかった。
 それでも──溝ができていることは、理解していた。
 その事実が、無性に腹立たしかった。出会った頃、自分に怯えていたあいつに戻ったようで、腹の内にどす黒い感情が渦巻いた。
 どうして、理解できない?
 どうして、分かってくれない?
 一番、自分の泳ぎを見ていたはずのお前がどうして。

 どうして──俺を置いていくんだ。
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