福本という男はD機関の訓練生の中でも謎を秘めた男だった。
それぞれカバーを被っている機関では、各々の纏う雰囲気から言葉遣いまで全てが偽りだ。故に、誰もがその人格を演じているに過ぎないのだが、それでも形成されてきた人格の一部は垣間見えるもので、其処に1人の人間としての彼らが映し出されていた。
しかしながら、福本という人間は見事な能面だった。カバーとしての人格の所為なのか、寡黙で淡白な姿からは彼の趣向のひとつも見えてこない。

(だからと言って、こんなやり方)

己の部屋で嘆息した千歳の目の前には今にも眠ってしまいそうな思い瞼の彼、福本がいた。

「それで、これを飲めば良いのか」
「そういうことになります」

ふむ、と唸る福本の手元にあるのは小瓶。

効果の高い催淫剤ができたと田崎と神永が嬉々として千歳の元に来たのはおよそ30分前のことだった。足取り軽くやって来た彼らに渡されたその小瓶は現在福本が手にしているもので、何故それが福本に渡ったかというと理由は単純なものだった。

(ジョーカーゲームで負けたペナルティなんて…)

毎晩行われているジョーカーゲーム。そこで負けた相手には何かしらのペナルティが与えられる。今回はそれが福本だったのだが、そこで神永が提案したのが、自分達で調合した催淫剤を服用する、というなんとも俗な要求だった。
寡黙な男がどう変貌するのか或いはしないのか、少しでも変貌させる為に用意された贄が千歳だった。

(馬鹿馬鹿しい)

彼は化け物だ。おいそれとその挑発に乗って、獣じみた行為に身を落とすわけがない。
軽薄な笑みを浮かべた田崎や神永に人睨み効かせた千歳はこうして福本と自室に居た。
さっさと飲んでもらい、何食わぬ顔で食堂に戻って貰えばいい。
千歳はひとつ息を吐く。

「飲んだら食堂に戻りましょう。無意味なことで時間を潰す必要は、」
「千歳」

一等低い声音が千歳に掛けられた。
背筋に走った悪寒に千歳が福本を見遣ると、小瓶を飲み干した彼が千歳に視線を向ける。


「逃げるなら今のうちだぞ」
「……っ!」


誤算だった。そう気づき、千歳は己の見込みの甘さに舌打ちをする。
これは駄目だ。そう直感的に察知した千歳は一歩後ずさった。本能が告げる警告は何が理由というわけでもないが、確かに目の前の彼は今、千歳にとって脅威だった。
常なら、重そうな瞼を上げ、覇気のない声で千歳に話す彼が、まるでーー

「……ッ、失礼します」

ぞわりと背筋を駆け上がった悪寒は最終警告だった。
瞳の奥に宿った焔を見た刹那、千歳は踵を返してその場から逃げ出そうと福本に背を向けた。

「……悪いな、千歳」

がしかし、大柄な身体を使い間を詰めた福本は千歳の手首を捻ると壁に押さえつけた。
気怠げな相貌からは伺えない俊敏な動きに眼を見張る間も無く、千歳は状況の打開策を求められる。しまった、などと考えたが最後、抵抗をものともしない彼は低く息を吐くと、ざらりと千歳の首筋をひと舐めした。
唐突な刺激に瞬く。眼を開いた先、獰猛な獣が其処に居た。





「やっ、ダメっ、ぁァアっ!」

何度果てた、何度穿たれた。そんなことは瑣末な問題で、今この時もその回数は記録され更新されている。
壁際に身体を押し付けられ、たくし上げられたスカートは皺を作っているがそれを気にする余裕など千歳にはない。既に力を失った身体を弄ぶように福本が腰にかけた手に力を込めた。

「んアッ!」

ズシリと逸物が千歳の奥を穿った。身長差から爪先立ちになっていた千歳の身体が降ろされ、より深く福本の竿を飲み込む。
呼吸を忘れる程の圧迫感に千歳の額に汗が滲み、首筋にも雫を作った。
果てのない時間に朦朧とする千歳の意識を覚醒させるように、首筋に鋭利な痛みが走る。

「いっ、アッ、!」
「堕ちるな」

低音が耳腔に響いたと同時に、律動が激しさを増す。荒く短い呼吸音と水音が響き、千歳がちらりと横目で確認した彼の姿はひどく扇情的だった。
情欲を隠そうともしない姿は常の彼ではない。欲、を惜しげもなく曝け出す福本に彼の雄を感じ取り千歳の中の女が顔を出す。

「アッ、ん、ひっあ、アッ」

昂らされる肢体は己の思考と結びつかない。幾ら拒絶してもこの欲を隠すことをやめた男からは逃れられなくて、千歳の中の女を表に出して蹂躙する様は獣のようだった。
口の端から嚥下しきれない唾液が零れ落ちる。だらしのない姿など見せたくはなかったが、いかんせん、底なしの体力と増長した精力には女の千歳は為す術がない。

「アッ、ーーっひ、ァア」

また、穿たれた熱が千歳を侵食する。嬌声を隠す余裕もなく、女の悦びを甘受してしまう身体が憎々しいと思いながら千歳は暴力的な性行に呑まれていった。
熱い、苦しい、気持ちいい。茫洋とした意識の中ゆうに日付けは過ぎていて、まさか朝までこのままされるのかと冷や汗が混じる。

「千歳」
「え、……っ、ふっ、ん」

吐息交じりの低音が聞こえたかと思うと、逸物が千歳の中から抜かれ、福本と向かい合う形に身体を捻られた。
何事かと彼を見つめた矢先に、深く口付けられる。状況を理解する思考が追いつかないほど千歳は毒されていた。

(駄目…)

意識を保ち、己を律しなければと自制を働かせても福本はそれを許してはくれない。

「なぁ、千歳」
「福本さ、ん…」
「全部寄越せ」

ぞわりと背筋を駆け上がったのは悪寒なのか高揚なのかさえ定かではない。
軽々と体を持ち上げられ、寝台に縫い付けられた千歳が福本を見上げれば、変わらない能面をを被った彼がいた。妖艶な瞳の中には禍々しいほどの雄々しさがあった。
思わず眼を見張った千歳に福本は気づくと、にやり、と口元を歪めて舌舐めずりをした。
これはカバーなのか、これも福本なのか、魅せる顔に見惚れていたのも束の間、圧倒的な質量が千歳の中に侵入した。

「っ、アッ、ふっ、あ」
「千歳」

何度も名を呼びながら、福本は千歳の身体を揺さぶった。それは、恋人を労わるそれとは一線を画していて、自慰行為と遜色ないほどの荒々しさだった。
荒々しくも、千歳に悦を与えることは忘れず、溺れる千歳を見て更に己が熱を増幅させる。
千歳が頬を涙で濡らし、一等高い嬌声を上げて果てる度に、福本は千歳をより激しく攻めた。痙攣する肢体を捩じ伏せて、制止の声も聞かずにより深く子宮口に鈴口を擦り付ける。

「ッ、!これ、やっ、アッ、アア!」

隙間なく快感を並べていく様はもはや異常だった。
制止の声を聞かないのではない、彼は制止の声に応えて更に深く竿を入れ込んでいる。恍惚と千歳を眺め、歪められた口元から伺えるのは圧倒的な嗜虐心だった。
苦しい、と訴える瞳に全身の血潮が滾るのか、千歳の虚ろな瞳が福本に向けられると、尚激しく律動が行われた。
精神も肉体も犯されていく感覚に、思考は揺蕩い、しかし快感だけは鮮烈に身体に刻まれていく。
吐き出された精に震える肢体は為すすべもなく毒されていった。



ーーーー



独特の匂いが鼻腔を抜ける。肌にまとわりつく湿気と乱れた寝具は行為の激しさを物語っていた。
心ゆくまで抱き潰したというのに、その実感が福本にはあまりない。何なら、もう少し、そうー

(壊してやればよかったか)

気をやった彼女に視線を落とせば蘇る痴態。最期まで心折れることなくしかし悦を甘受した女に福本はいたく興奮した。駆け上った高揚感は正に筆舌に尽くしがたいもので、何度も何度も華奢な身体を揺さぶった。
始まりはただのペナルティだったが、内容を知らされた瞬間、そのペナルティ乗ってやるということは決まっていた。己を暴こうという同期の目論見など些細なことで、目の前に無防備な姿で現れた獲物を逃すことなどする必要もなかった。
他を壊す快感、その一点を突き詰めた行為に溺れたことは否めない。
いっそ、孕ませて壊して、泣いて鳴いて己に懇願する様を拝めば胸の昂りは頂点に達していたかもしれないが、そんなことをすれば彼の魔王から鉄槌が下ったことだろう。

深淵に落ちている千歳の首筋にツゥと指を這わせる。血潮の巡る身体にまた、熱が高まる気がして、思考を四散させるべく福本は一本煙草を取り出した。火を着けて紫煙を吐き出せば、熱は引いていく。

「………ん」
「起きたか」
「……はい」
「身体は」
「……節々が痛いです」

隠そうともしない苛立った声音に鼻にかかった笑いが漏れた。上がった口角に、千歳が僅かながら片眉を上げる。

「随分と楽しかったようですね」
「そうでもない。まだ物足りないくらいだ」
「……厄日です」

尖った視線は角が取れて、深く嘆息した千歳は気怠そうに上体を上げた。
乱れた髪が顔に掛かる。

「……千歳」

煽情的な相貌にむくりと欲が首をもたげた。

「っ、まっ、福本さんっ」
「待たない」

嗚呼、今度こそ壊してやろう。

己を拒絶する体躯を組み敷いて、駆け上がる高揚感に身を任せて、まだ宴は終わらない。


ーーー


破壊衝動
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