夢を見ていた。
平原の広がる大地、草花が息づく緑、地平線の先には山々が連なる。美しい丘陵が目を肥やした。
走って、走って駆ける中で景色が瞬く間に変わっていく。フィルムの一枚一枚のように投影される世界。
その変わりゆく景色の中で、視線の先に捉えたのは痩躯の老紳士。
口を開いた、けれどその言葉は出てこない。呼びかけたい、手を伸ばしたい、願った言葉は掠れて届きはしない。
待って、と頭をよぎった願いに夢が弾けた。
「お前は何者だ」
「有崎陶子。大正七年生まれ。出身は東京。父は小さな貿易会社を営んでいて、幼い頃から海外で生活していました」
「お前の父親は誰だ」
「有崎元晴。明治四十年に有崎商船を設立。生まれも育ちも東京で大学では経済学を専攻」
「もういい」
反射的に口にされた内容は、先ほどから繰り返されている内容だ。小田切は頭を抱えた。傍に投げ捨てられた空のアンプルと注射器、確かに彼女の中にその薬物は注入されたというのに彼女の口から語られるのは、ただの偽経歴ーカバーだ。結城中佐から教えられた偽経歴以外の情報を口にさせることが訓練だというのに、その隙が見えない。一筋の光も閉ざして闇を見せる彼女、千歳に小田切は畏怖の念を覚えた。
「終わりですか」
ゆらりと彼女が首をもたげた。
長時間に及ぶ自白剤投与の訓練、その餌役になった彼女の顔は多少やつれている。無造作に落とされた髪、明る過ぎる照明が照らした顔貌にはくっきりと影が落ち、いっそう疲労感を醸し出した。
それであっても、彼女の瞳は死んでいない。死んでないからこそ口から出る言葉はー
「ここで終わらせても良いですが、どうしますか」
恐ろしく化け物だ。確かに肉体的には追い込めたが、その姿とは裏腹に小田切を見据える視線は無機質でしかし堪えてなどいない。
怜悧な瞳に小田切は背筋に冷たいものが走った。ぞくりと震えた身体を悟られないようにその視線を受ける。
肉体と精神の限界まで追い込めたと思っても、彼女はそれをいともたやすく跳ね除ける。限界などどこにあるのか分からないほど、彼女からは底知れないある種の貪欲さが感じられた。
**好きなようにしろ。
まるで、そう挑発されている心持ちになる。
小田切に向けられた視線が、獲物を捕らえる捕食者のように、らしくあれば、まだそれに対して敵愾心でも湧き上がったのかもしれない、が恐ろしいほどその瞳は無機質だ。
挑発的でもなく、嘲りも含まれない、ただ小田切の進退を問うていた。
どうする。
どうしたい。
どうすればいい。
「どうしますか」
そう、彼女の唇が動いた刹那、弾かれたように小田切は自白剤入りのアンプルを手に取った。口を真一文字に結び、顔を歪めながら注射器の先端でそれを吸っていく。
半ば、自暴自棄になっている己が無様に思えながら、それでも引き下がるほど自負心は低くなかった。
投げ捨てたアンプルを眺めた彼女が目を細める。緩慢に顔を上げた相貌は、やはり色がなかった。
「どうぞ」
その声が、疎ましかった。
こめかみを伝う汗が床に落ちる。早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、ゆっくりとひと呼吸すると、小田切は彼女の腕を取った。
**時だった。
「小田切」
部屋の扉が開くと同時に、聞き慣れた声と革靴の音が室内に響いた。近づいてくる相貌は振り返らずとも分かった。
「福本、何の用だ」
顔だけを同期に向ければ、変わらぬ能面を貼り付けた男は横に立つと、手に持っていた物を彼に寄越した。
「俺も参加だ」
「……それは」
「中佐の命令だ。『徹底的』に壊すことを憶えろ、だそうだ。……千歳」
「はい」
「壊される感覚を、忘れるなということだ」
彼女は、千歳は福本の、否、結城中佐の命に無言で頷いた。
小田切は、手にした注射器をゆっくりと彼女の腕に刺すと自白剤を流し入れた。ぴくりと震える彼女の身体に、苦虫を噛み潰したような面持ちになる。
女を壊す、ということが分からないほど、疎くはなかった。
次いで福本に渡された黒布を、手順通りに両瞼を覆うように着ければ、それが合図となった。
「始めるか」と低く呟いた福本が、ひどく恐ろしく見えた。
*
「アッ、ひっ、ァアア!!」
絶叫が木霊する。嬌声は掠れ、それはもはや悲痛な叫びへと変貌していた。
長机にもたれ掛かり、臀部を突き出した格好で大の男が女を犯していた。何度も何度もなんども、ただ男は、福本は千歳の膣に己の竿を打ち付けた。無情に、ただ躰を貪り蹂躙するそれに、労りなど露ほども見受けられない。
徹底的に、壊せ。
その言葉通りに、福本は容赦なく千歳を攻め立てた。
「言え、貴様の名は」
時折、律動を止めてそう尋ねるが、彼女は首を振った。
「ありさき…とう、こっ、アッ」
「嘘をつくな」
「ちがっ、うそ、じゃ、やっア!」
**やめて!
**お願い、許して!
**離して!
何度その、懇願、を聞いたか分からない。光が一筋も見えない絶望をなんども味わって、苦しむ姿に小田切は目を逸らしたくなった。
自白剤により意識が朦朧としている筈の彼女はそれでもカバーを貫き通している。この叫びすらもしかしたらカバーかも知れない、がそれでも、いやだからこそその絶叫が耳に残った。
カバーを答えるたびに福本は乱れた髪を掴み、力一杯引いた。後頭部から引き上げられ、低く呻いた彼女が苦しげに息を漏らす。息も絶え絶えな彼女が懇願するたびに、腰を打ち付けてその声を塞いだ。
耳を、塞ぎたかった。
「小田切」
名を呼ばれ、小田切は福本と視線合わせる。
それだけで、次を促されていることを悟った。
分かっている。
これも、訓練、なのだ。
重い足を前に進めて、福本と場所を変わる。見下ろした彼女の姿に改めて、息を呑んだ。
机に手を置いて床に倒れ込んでいる。引き裂かれたスカートの切れ目から見える生足には鬱血痕があった。おそらく、福本が初めに彼女を犯そうとした時に、抵抗した痕、だ。足の付け根まで視線を移せば、生白い肌に白濁がいくつもこびり付いていた。
気分の良いものでは、なかった。
だが、これを見る機会が、やってくるかもしれないのだ。
女という生き物は、それだけで一部の人間にはたいそう『可愛がられた』
罪状を免罪符に連行され、密室で起こる『取り調べ』がどのようなものかを知らない小田切ではない。
**どこに何を隠し持っているかわからない。
**『穴』は調べ尽くせ。
最終的には、こうだ。
**男と同じように、『調べてやる』
反吐がでる現実が、事実この国で起こっている。しかも、その現場に潜入する可能性はゼロではなかった。
ならば、やるべきことは決まっている。
心を、躰を、頭を、すべて、慣らせ。
ひとつしっかりと瞬いて、小田切は千歳の腕を掴み無理矢理立たせると、机に貼り付けた。力なくしな垂れる体躯を無視して、腰を掴み一気に己が竿をねじ込んだ。
「ヒッ、あっ!やっ、やめて」
「しらばっくれるなよ」
「ひ、ん!あっ、もうやだ、やだぁ!」
足をばたつかせる体に容赦なく熱を叩き込む。結合部から聞こえる水音が耳についた。押し込み、引いて、時折ぐっと竿を奥深くまでねじ入れれば、息を詰まらせた彼女の肢体が弓状に逸れた。はくはくと息を吸う様がひどく痛ましく、しかしそれでも、止めることは許されなかった。
穴という穴を犯して、犯して、壊せ。
狂気に飲まれることなく、狂気を『演じろ』
「福本」
徐に小田切は福本を呼んだ。声に応えた福本がふかしていた煙草の先端を灰皿に押し付けて近づくと、小田切は彼女からずるりと竿を抜いた。
滴り落ちる汗も拭わず、小田切は福本に『笑った』
「『2人で』やるぞ」
小田切の申し出に一瞬福本は目を見開いたが、直ぐに口元を歪めて同意した。
床に這い蹲るようにして、女が腰を上げている。その華奢な腰を男が掴み、女に己が精を打ち付けていた。
もう1人、大の男が女の前髪を掴んで己が竿をその口腔にねじ込んでいる。
異様で、異常な光景だった。
「ンッ、グッ、ァ」
くぐもった声は、嬌声と呼べるほどか弱いものではない。性の暴力に押し潰された、女の声だった。
口腔に入っている男の竿が女の喉奥まで入れられる度に、女から苦悶に満ちた声が漏れた。緊縮した躰をしかし次の暴力が襲う。
「まだ、終わってないぞ」
腰を掴んでいた男がいっとう深く竿を突き刺した。女の奥まで侵入したそれに、女の内部が一気に収縮し、ガクガクと身体が震えた。
同時に、口腔でマスタベーションをしていた男の竿も、果てると同時に彼女の喉奥へと突き刺された。逃げる頭部を無理矢理掴み、後頭部を押さえつけて咥えさせる。
何度果てたのだろう。
何度穿たれたのだろう。
果てなき暴力が終わる気配はない。
狂っていた。
「……ハッ、あっ、がっ、げほっ」
口腔から竿が抜かれたと同時に女が精を吐き出した。流れ出た白濁が床に撒き散らされ、女の口の端からも嚥下しきれないそれが流れ出る。
『尋問』が始まり既に一刻は過ぎていた。
「貴様の名は何だ」
男が、女の前髪を掴み問う。
「わた、し、は……」
*
「後は任せた」
外交の入らない地下室は、獣の匂いに満ちていた。
小田切は、器材の処理を淡々とこなす福本にそう伝えると横抱きにした彼女を布に包んで部屋を出た。部屋の外まで匂いが微かに漏れていて、顔が歪んだ。
階段を一段一段上がる際にも、ゆっくりと両の手の彼女を揺らさないように慎重に足を動かす。
上がりきり、廊下へとでると外は静まり返っていた。
時刻は、日付をとうに回っている。
それは、彼女がこの訓練をおよそ半日あまり受けていたことを意味した。
小田切は、両腕の中で気を失っている彼女に視線を落とした。
(結局、お前は言わなかったな)
最後の最後、福本が彼女に尋問した時、小田切は生唾を飲み込みそれを見守った。
もはや千歳の声に、力はなかった。わたしは、と紡いだその声音はひどくか弱かった。
思わず、小田切は、あるいは福本さえ思ったかもしれない。
これは、いけた、と。
しかしながら、彼女はその『安堵』を見逃さなかった。
目隠しをしているはずの両眼が、ぎらりと光った気がした。
**だれ、でしょう、ね
そう、『笑って』、彼女は意識を失った。
それだけで、もう2人に、やることはなくなった。
暴かれた己の心内は、敗北を意味した。
(化け物、か)
結局、訓練は失敗した。その事実に忸怩たる思いが沸くかと思いきや、存外小田切の心は穏やかだった。
あの時、彼女が最後に発した言葉が小田切の耳を離れない。
**わたしは、誰でしょうね。
無機質な瞳に、消えない炎が、そこに見えた気がした。
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冷たい焔
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