食欲、睡眠欲、性欲。人が持つ凡ゆる欲の中で食と睡眠は適度に取らなければ体がもたない。いくら化け物とはいえ体は人間のそれな機関員ですらそうで、一般的な人間より取る時間と量は少なくても全くというのは不可能だ。
 対して性欲は、前者二つに比べて欲のコントロールが容易だと感じる。解消せずとも問題はなく、その程度の制御は機関員ならば可能だ。
 だというのに、何故、彼は今こんなことになっているのだろう。

「っ、んぁ! あっ、──ひんっ、んん!」

 穿たれた剛直が奥を舐って、遠のきかけていた意識が目の前の彼に持っていかれる。熱気が肌を撫ぜ、淫靡な空気が漂っているというのに彼の瞳には一切の色欲も見られない。
 機関員の中でも一際感情を表に見せない──そのような仮面を深く被っているのが、この福本さんだ。性欲なんてありません、と顔に書いてそうな三好さんなどと違って、そんなもの知る由もない、といった性状に見える彼に、私は今組み敷かれて、犯されている。犯されていると言うとまるで私の意思を無視した行為という風だが、決して合意がなかったわけではない。合意はあった。けれど──

「っ、やっ! やだぁ、あっ! ァアア!!」

 また、躰は勝手に快感を拾って達してしまう。何度目かなんて数えることをやめた。大した前戯もなしに挿入された股座は初めは確かに苦痛しか感じなかったというのに、いつのまにかこんなに溺れてしまった。
 達しても達しても緩められない力。硬度を失わない剛直はもはや暴力で、私の躰がぐったりとしても福本さんは両腕で私の腰を掴んで腰を押し進めた。息もつけない、ただの自慰行為に逃げたくなるのに彼はそれを許さない。

「あっ、やっ! もっ、無理ぃ」

 やめて、やめて。ベッドの上にずり上がろうとしても顔の横に手を置かれて覆い被さられては逃げ道はない。高く腰を上げられて、上からひと突きされて息が止まった。仰け反った私の首筋に歯を立てられて、外も中も喰い散らかされるのではと錯覚するほどなのに彼の瞳は変わらず無色だ。行為は荒々しく野生のそれだというのに、瞳はどこまでも仄暗く、光を灯さない。
 僅かに眉根を寄せた彼が、逸物を抜いて私の腹に白濁を吐き出す。一度目は口の中、それも喉奥に出された。後頭部を押さえつけて、逃げないように押し込まれたそれに意識が遠のいたけれど、抗議の視線を送った私に彼は首を傾げるだけだった。それどころか、無言で股座に突っ込まれたものだからもうどうでもよくなった。
 私が何度も達しているというのに、彼はたったの二回。男性は一度すれば満足するという話を聞いたことがあったがあれは嘘ではないだろうか。

「千歳」
「もっ、無理…あっ、やっ!」
「悪い」

 謝罪なんていらないから、どうかその竿を収めて欲しい。悪い、などこの人は微塵も思っていないのだから、そもそも謝罪など不要だ。
 性欲と無縁に思える福本さんが何故私を抱きにきたのかは定かではない。変化に気づけるほど彼を注視していたわけでもないけれど、それにしてもいつも通りだったというのにどうして。
 ぐっ、と福本さんが私を持ち上げて、向かい合わせる。自重でより深くはまった剛直に躰が鳴いた。結合部から聴こえる水音がひどく耳について、ぎゅっと目を瞑るけれど福本さんはお構いなしに私を揺さぶる。逃げたくても逃げられない。無遠慮に下から突かれ、腰を叩きつけられて声なき声を上げた。

「福本、さ…くる、しっ」

 限界なんて超えている。好き勝手に使われて、それでももう無理だと視線で訴えれば、彼はぴたりと止まり私を見つめた。感情を何一つとして読ませない瞳に首を振る。

「…苦しいのか」
「…だいぶ。体力的に、もう」
「そうか」

 ふと、福本さんが瞼を伏せた。嗚呼、ようやく解放してもらえるのかと安堵して、全身から力が抜けた──

「え」

 矢先だった。
 ぬぽん、と抜けた竿。そこまでは良かった。
 ぐるんと回転した躰がベッドに押し付けられる。うつ伏せとなったまでは良かった──否。
 臀部に、彼の竿がぴたんと当たるまでは、良かった。

「──っ! かっ、は」

 腹部を抉られるような体勢に今度こそ本当に息ができずに口をはくはくとさせる。圧迫感に躰は悲鳴を上げて、胎は剛直に叫んだ。
 体力的に辛い、という私の懇願を受け取った彼の答えに思考も体躰もついていかない。体勢が辛いなら寝ていろということなのか。
 しかし、いくら行為のための無駄な力が入らないからといって、快感そのものが消えるわけでもなく、寧ろ、より深く奥を抉る剛直に躰はちゃんと反応する。
 必死に白布を掴んで耐え忍んでも彼の逸物が抜かれるなんてことはなくて。

「っ、いっ、あ! あっ、やっら! あっ、あ」

 激しい打ち付け方じゃない。奥を舐る腰使いは嫌でもその形を中に覚えさせる。痛い、苦しい、悦いが頭の中で混ざり合ってぐちゃぐちゃになって。けれど、総括すると結局のところ躰はもう辛いの一言だ。与えられすぎた快楽を処理できるほどの隙を女に残すような男ではない。
 ぐっと、鈴口が奥の一点に添えられて、そこからより深く推し進められれば、呆気なく私の躰は震えた。もう声なんてとっくに枯れてしまって、掠れた、しゃがれた声だけがひゅうひゅうと喉奥から漏れる。正常な思考が熱に毒されて、意識が彼方へと連れていかれそうになった矢先──

「まだだ」
「ひっ、あぅ」

 茫洋とした思考を叩き起こすひと突き。腰を高く上げられて無理矢理捩じ込まれる竿。気付け薬と言わんばかりに弄られた陰核に嫌でも覚醒させられる。「も、やだっ、むり、ですからぁ!」と叫んだところで意味はないと言わんばかりに擦られて、穿たれて──

「っ、〜〜っ、あっ、〜〜っ!!」

 下肢に力が入って、ぷしゃっと吹き出した水飛沫が彼をも濡らす。握り締めた白布はもう皺だらけで、嚥下できない唾液で顔周りはぐちゃぐちゃだ。
 ぐるんと躰を仰向けにさせられる。もう思考する余裕なんてなくて、気怠げな室内灯に背後から照らされ、影が落ちた彼の相貌を仰ぎ見た。

(──嗚呼、この人は)

「ろくでも、ない…人」

 歪んだ口元。瞳の奥に見えた獰猛な狩人の光。ただ抱くことに対して心内にさざ波すら立たせない男はいたく興奮しているのだ、私が──もがく姿に。
 これは彼本来の姿なのか、カバーなのか。そんな考えを巡らせる余裕なんてなくて、彼は再度、覆い被さって腰を進める。私の意思など無意味だと、躰に刻みつけるように、何度も、何度も。さらに呼吸すらままならなくて、タイミングを見てひとつ大きく肺に空気を吸い込もうとした刹那、ぬっと近づいた精悍な顔が私の唇を奪った。何もかもを奪い尽くす強靭な意思に翻弄されて、行き渡らない酸素に苦しみもがいて、それでも彼は容赦がなかった。満足なのだろう。きゅうきゅうと締め上げる膣に満足げに瞳を三日月に歪めたのがその証左だ。本来、愛ある行為の口吸いが、彼にとっては自慰行為(マスタベーション)のひとつとはなんというろくでなしだ。

「んっ、ん、ンンン!!」

 それでも、快感を拾う私の躰の浅ましさの方がよっぽどろくでなくて。
 意識を飛ばす直前に唇を離し、むせて眉根を寄せる私に彼が愉悦たっぷりに笑む。見たこともない笑顔に、ゾワリと背筋が粟立った。

「ふく、もとさ…」
「千歳」

 うっとりとした声音に、警鐘が鳴り響く。
 逃げられない現状に、彼が嗤った。

「悪い」

 嗚呼、本当にろくでもない。

     *

 行為に意味を持たせるのが人間だ。動物は生物的欲求そのものを享受するのに対して、人はそこに意味を求める。セックスひとつとってもそうだ。性欲の解消以上の価値を求めたがる。
 福本にとって、セックスとはなんら意味を持たない行為だ。生物的欲の解消だけなら自慰だけで事足りるが、敢えてセックスを選ぶ時はただの訓練であって、訓練外ならば好き好んでそれを選ぶことはなかった。凹凸の交わりに意味などない。
 しかし、今回に限り、福本は意味を見出した。
 臥所で乱れる女の扱い方は熟知している。が、福本の望むように扱う、それを許す相手との行為に臨んだのは初めてだった。囁く甘言もなし、躰を労る必要もなく、ただ自慰行為と遜色なく行われた情交。
 それは、福本に至福の時をもたらした。
 初めはただの興味として抱いていただけだったのが、興奮に昇華されたのは彼女の苦痛に満ちた僧帽を見た刹那だった。己の眼下で、眉を顰め、悦に呑まれつつも苦しげに呼吸を乱して逃げる様。
 自身の欲の解消以上に昂った理由がそこにはあった。突き刺し、逃げ道を塞いでただ暴力的な快感を与え続ければその肢体は驚くほど跳ね、制御できない己の躰に悶える彼女はひどく凄艶だった。

 ──悦い。

 初めてだった、あれほど興奮したのは。
 結局、懇願されようと福本は行為を止めることはなく、彼女が完全に気をやるまで犯し続けた。何度も穿ち、捏ね、肢体を揺さぶった福本を彼女は拒むことなく受け入れたため、福本自身も自制が効かなくなったのだ。
 紫煙を吐き出し、先端をベッドサイドの灰皿に押しつけた福本は、隣で眠りこける彼女に視線を移す。

「……お前は、本当に悦いな」

 いっそのこと、注いでみても良かったか。
 胎を腹の上から摩れば、彼女が意識のない中ぴくんと躰を揺らし、福本の剛直が反応する。拒絶する彼女の中に精を、鈴口を子宮口に穿ち、胎をたっぷりと満たすまで何度も吐き出し続ければ。夢想するだけで吐精できるのではないかというほど、熱が内に篭った。
 彼女を前にすると欲が尽きない。その事実に自嘲した福本が、ふと、気づきを覚える。

 嗚呼、これがヒトの欲というものか。

 初めて認識した己の感情に、福本は存外悪くない、と口元を歪め、しっぽりと濡れた女の股座に手を伸ばした。
 

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