三好は敵わない
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そんな完璧超人。他に劣るところなど欠片もないと三好は自負していた。自負する程度の才能が客観的に見ても自分にはあるはずだと確信していた。
「三好君って本当に意気地なしだよね」
で、あるはずなのに三好の目の前の女は軽やかな口振りでそう宣ったものだから、三好の眉間に思わず皺が寄った。
「その評価はとても腑に落ちないんだが」
「落ちるわけないでしょ。三好君自信過剰だもの」
ズパッと歯に衣着せぬ物言いで言い放った女は澄ました顔をしている。手に持った筆をキャンバスに沿わせる姿に三好の眉間には更に深く皺が刻まれた。
昼下がりの放課後の美術室、というなんとも青春を擽られるシチュエーションも、欠片も劣情を抱かない相手とでは擽られるどころかかすりもしない。此処にいるのが、
(あいつなら…)
ふと、三好は思い浮かべた人物の顔に首を振った。眉目秀麗、完璧超人、悩みなどひとつとない自分がたかが1人の女を懸想して悶々とするなどあってなるものか。
苦い顔をした三好が顔をあげればー
「…今、わかが居たら、て思ったでしょ」
女、兼友人が不敵な笑みを湛えいるものだから自分はもしかしたら存外ポンコツではないかと錯覚した。あくまで錯覚であり、それは事実ではない。
「別にあいつがいようがいまいがどうでもいい」
「……そんなこと言うから意気地なしって言われるんだよ」
「意味わからない」
「分からないほど鈍感でもないし、馬鹿じゃないでしょ、三好君は」
「………ッ」
確信を持って諭す。そんな口振りに三好はバツが悪そうに顔を背けた。
ーーこれじゃあ、本当にポンコツじゃないか。
三好はとある生徒を好いていた。
好き、という感情を自覚するには時間を要した。何せ完璧超人な三好だ、恋に落ちるなどという不確定な感情を認めたくはなかった。自分が恋愛をしているなど、曲がり曲がってもあり得ないと言い聞かせていた。
しかし、そんな中で、数少ない友人である目の前の女、千崎千歳にある日ぴしゃりと言われたのだ。
『意気地なし』
頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。
「大体、他の子達が兼部でいない月曜日に毎週やって来て、バレバレだけどそれとなくわかの話を聞いて来て地味にアドバイス求めて来るくせに結局先に進む気配なく二カ月以上経ってるってある意味すごいよ。うん、すごい」
「心を粉々に砕くのをやめてくれないか」
「失礼しましたー」
間延びした声に謝罪の意などこれっぽっちも含まれていない。
ぐうの音も出ない三好を他所に千歳は黙々とキャンバスを彩っていく。端整な顔立ち、その顔貌のまま手だけを動かしていく様に、あいつも惹かれたのだろうかと三好の脳裏によぎったのはやはり彼女だった。
「……なぁ」
「なに?」
「最近、あいつどうなんだ」
「普通。健康優良児」
「月並みなこと言うなよ」
「月並みじゃなくさせたいなら三好君がさっさと素直になればいいんじゃないの」
交わす言葉が全て鋭利になるこの会話スキルを無効化する方法はどうにかないものか、と三好は本日何度目かの皺を作った。
言われなくても分かってる、と言葉にしてしまえば後には引けない。認めたことになる。自覚症状はあるものの、それを他人に言ってしまえば弱みを見せてしまう気がして、三好はこの想いをしまい込んでいた。しまい込んだ箪笥の隙間から漏れていたのか、彼女にはもはやバレバレなようだが、それでも三好は頑なに否定した。
「僕はいつだって素直だ」
「はいはいそうですね」
「……馬鹿にしてるだろ」
「してないよ。意気地が無いと思ってるだけ」
それでも、お見通しな彼女のところに通ってしまうのは何処かでこの劣情を解き放ちたい自分がいるからだった。
完璧超人の自分が、あんな惚けた雰囲気を醸し出す女を好きになるなんて思ってもいなかった。彼女は飄々としていて、それでいて鋭いところがある。どっちが本当の君だと言いたくても彼女なら笑って口にするだろう。
『さぁ、どっちだろう』
「……伝えたところで、かわされるかもしれないじゃないか」
ぼそりと低く三好が呟いた。吐露した心情が室内に小さく響き、三好はハッとした。
しまった、そう気づいても時間は戻らない。
勢い良く上げた視線の先の友人は目を瞬かせていた。
(しまった……)
やってしまったと頭を抱えた三好に、淡い笑い声が届いた。
「ふふ、ははは。初めて聞いた。三好君の本音」
至極可笑しそうに笑う彼女に三好はじとりと視線を寄越す。
「笑うなよ…あー、折角黙っていたのに」
「黙っていても分かっていたから意味ないじゃない」
「それでも、だ。自分からは言いたくなかったんだよ」
「そういうもの?」
「そういうもの」
溢れた自覚症状はもはやどうしようもなかった。どれだけ嘆息しても状況は変わらない。
三好はひとつ息を吐いた。
「で、だ」
「うん」
「言ったものは仕方ない。けど、まだあいつに言うつもりはない」
「……意気地なし」
「なんとでも言え。この熟年夫婦」
「言葉の意味をしっかり調べて下さいー」
相変わらずの辛辣な言葉ではあるが、千歳の口元には緩みが見られた。堪えるつもりもない嬉しさに三好は肩を竦める。
熟年夫婦、と呼べるような落ち着いたカップル。目の前の彼女は三好の友人、波多野の恋人だった。年齢にそぐわない平静ぶりに、三好の想い人、若宮も「連れ添って何年の夫婦って感じ」と半ば呆れていた程だ。
「夫婦、になるステージに早く来てね、三好君」
にこり、と綺麗に弧を描いた口元はやはり年季が入っていた。
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