耳郎と嫉妬と王子様

「睡ちゃ………!…!アッ、ミッあっ、ねむっ。あっ、く……ミッドナイト先生、この後質問しに行っても良いですか?」

 ミッドナイトの座学終わりに葛城くんが溢した言葉。さあ休み時間に入るぞと皆腰を上げ周囲に話しかけ始めたときだった。
えっ何?どういう事?ネムリチャン??すごい動揺してる。珍しい。いつも余裕そうな彼が何度もどもっていたのち何でもなかったようにミッドナイトに話しかけている。

「……葛城君、放課後職員室に来なさい。」
「あー…はい。ごめんなさい」

ぴしゃり。出ていったミッドナイトの背中に行っていた視線が教室後方の葛城くんに集まる。
額を押さえたまま項垂れる葛城くんの席にどっと群がるクラスメイト達。なんださっきのあれは!どんな関係なんだ!エロい!!えっエロい!?

「…えー…っと。一緒に風呂入った事ある。あと一緒に寝たことある。…いーだろ、あのミッドナイトとだぜ」

先程まで焦っていたり発言を後悔しているみたいに頭を垂れていた人物とは思えないくらいイキイキと語り始めた。

「まじかよ葛城…あの18禁ボディと一緒に風呂…?同じ布団…?お前ふざけんなよ…」
「はっはっは。良いだろう羨ましいだろう」
「うえええ?何何どういう事なんだよ?」
「えっ、謎の繋がりが過ぎるんだけど。どーなってんのお前の人脈」

はっはっは。そうだろうそうだろう。そういえば次英語じゃね?てかなんでプレゼントマイクって山田先生って呼ぶと微妙な顔すんの?
 詰め掛ける男子を煽りながらも上手く話題を逸らし、たかに見えたが逸らしきれる筈もない。何せ相手は男性支持率の高いミッドナイト、そしてクラス内外の王子様が渦中のひとなのだ。

「そんな隠さなきゃいけないような関係なわけ?」
「エッ、いや…どうなんだろうね…?」
「…アヤシイ。なんか爛れてる」
「いやいや、そんな事ないって。それにしても響香、いつになく絡んでくるなァ。嫉妬かい?」

ばちん。彼の背中に平手が飛んだ。





…やっぱり男って、ミッドナイトみたいな、何ていうか、ああいう身体…の女の方が…好みなのかな…。
 自身のお世辞にも大きいとは言い難い、つま先まで見下ろせてしまう胸元につい手をやって考える。
同じクラスの女子の中でも、自分以外の女子の胸が明らかに同じ高校生とは思えないほどに発達しているのが見て取れてしまい落ち込む事も屡々…。
そんな中でも葛城はウチと結構仲良くしてくれている方だと思っていたんだけど。
だから最近はあんまりそういう事で悩んだりとかはしていなかったのだけど!

『ねむりちゃん』

もや。心の中に暗雲が立ち込めてゆく。
自分が知っている限りの葛城は、どんな年代どういった見た目だとかは問わず性別が女とあればこれでもかと優しくさながら王子のように振る舞い、そして女子は一通り下の名前で呼ぶ。
そのほうが距離が近付けた気がするだろ?と彼は人の心をいとも容易く打ち抜く、あの腹立たしい程の笑顔で言っていた。
そう、下の名前で呼ぶ。のだ。基本は呼び捨てなのだ。

もやもや。

年上だから?だからああいう呼び方をしているの?だからって、仮にも教師と生徒っていう立場じゃんか。
…それに同じ年上でも、波動先輩のことは『ねじれ先輩』だったし。

「…なんなんだよ、もう…」

自分のらしくなさに嫌気がさす。
ぐっと握りこんだ胸元は、虚しくも変わらず豊満さは持ち合わせちゃいなかった。





 葛城くんの『ネムリチャン事件』から数日。
一部の葛城くん過激派以外の頭からは、まあ葛城だし、といつも通りだと流されつつある今日この頃。
常であれば一緒になって形だけとはいえ同調する側の響香ちゃんの様子がどこかおかしい。
授業中も上の空。かと思えば何か思い出したように机の上に突っ伏したり、頭を振ったりと。
その視線の先を辿ってみれば必ず葛城くんが居た。
ははあん、なるほどなるほど〜。
これは乙女の悩みですなあ。
 下手に藪を突いちゃ蛇が出るやもと分からないが、突いてみたくなるのが人の性。
最悪馬に蹴られて死んでしまうかもしれないけれど、それでもこんなに身近に少女漫画のような展開が転がっているのならば良い方向に転んでくれるよう喜んで添え木になる所存だ。

「ヒーローはきっと、恋のお助けもしちゃうよねっ」


*


「ねえねえ響香ちゃん」

 葉隠が上機嫌に話しかけてくるのは別に特別なことじゃあない。彼女の明るさにはこのクラスの誰もが一度は助けられているだろう。

「なあに葉隠、ノートならヤオモモに借りたほうが良いと思うけど」
「ちがうちがう!響香ちゃんちょっとこっち!」
「ええ、なに、どうしたの」





「はっ…ハァ!?」
「惚けなくっていいよ!私も分かるからさ!」
「いや別にとぼけてなんかいないし!別に気にしてなんかないし!」

真っ赤になって釈明する彼女はどう考えてもその通りですと言っているようなもので。
う〜〜〜ん、腕がなりますなあ!

「気になるんなら聞いてみてもいいと思うけどな〜!」
「だからっ」
「気になんないの?私は気になるけど」
「…じゃあ葉隠が聞けばいいじゃん」
「うーん、わたしはそんな上の空になっちゃう響香ちゃん程は気になんないよ」

一拍置いて音がしそうな程に更に赤くなった響香ちゃん。

「腹、括っちゃいなよ!ヒーローになるんだろ〜!」

ヒーローという言葉に反応したのか、ぐっと眉を寄せ、帰ったら詰める。と言った彼女の背を見守った。
うんうん!わたしも恋する乙女のヒーローしちゃったわけだ!わかんないけど!




「…で、一体なんなワケ?」

皆で夕飯を終え各々部屋へと戻ろうとしているところ、葛城を呼び止めた。
最初はなーに?といつものチャラついた笑顔だった葛城も、ウチの雰囲気に何か察するものがあったのだろう、轟あたりを連れて来ようとしたので、一発背中に叩き込んでやった。
腕を引きながらこの時間は流石に人気のない寮の裏まで引き摺ってゆき核心を切り出した。
恐らく赤い紅葉がついているであろう背中を擦りながら彼は相変わらず歯切れ悪く答え出した。


「…内緒ってことになってたけど、良いかもう。俺の叔母なんだ。」

叔母。…叔母ってあれだよね、父親か母親の兄弟…。ん?ミッドナイトが葛城の……

「叔母ァ!?」
「うわっ、響香、しー!あんまり叔母叔母言うと怒られんだって!そもそも内緒なんだから!」
「んっむ!」

向かい側から口元を抑えられていたかと思えばくるりと位置を取り替えられ、後ろから抱きすくめられるような形になる。
息つく間もなく抑えこまれたこの体制と口元では抗議のしようも無い。

「響香、絶対誰にも言っちゃダメだよ。」

いつになく真面目な声色で耳元に吐息と共に吹き込まれ、ぞくりと背中を何かが這った。
熱くなる顔を見られたくなくて、はやく離してほしくて少ない可動域いっぱいに縦に首を振って肯定の意を示せば、すぐに腕は緩められる。
ひとこと文句でも言ってやろうかと見上げると、いつもとは違う悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、この内緒は俺たちふたりだけのひみつだよ。と言い放ち、己の口元に置いた人差し指をウチの口元へと置いた。

「な…っ」
「ふは。そーんなに俺と睡ちゃんの事が気になるなんて、響香ってば俺の事やっぱ好きだな?」

かっと再び顔に昇る熱。勢いのまま繰り出した右腕で渾身の平手をその綺麗な顔に向かって放った。