初恋とキスと王子様



「葛城の初恋っていつ〜?てか初恋とかあったの?」

 授業間女子同士の戯れの傍ら、思い出したかのように話を振られた。
いやそりゃね、俺にだって甘酸っぱい初恋位あったよ、そりゃもうあまずっぺえやつがね。

「なあに三奈、俺の初恋が気になんの?教えてあげてもいーけど、報酬が欲しいな」
「教えてくれんの!?えー、なになに?いつ?まだ好きなの?」
「王子くんも初恋とかあったんだー!めっちゃ気になる気になる!」

 話には入って来ずともぴくんぴくんとアンテナを張り巡らせている面子の可愛いこと可愛いことったら。
電気なんかわっかりやすいったらねえ。女子達はもちろん爆豪も焦凍も、ホント。ていうか報酬については?

「三奈も透も、ちゅーしてくれたら教えてあげる」
「えー。ヤダ!先に教えてくれて面白かったらしちゃう!」
「ヤダって酷いな。俺、そんなに信用ない?」
「うん。チャラいんだもん。」

 チャ、チャラい……。まあこの際仕方がない言われようだとしよう。このクラスに入ってから暫くたつし、今までの女の子とは違って個性が効きやすいこともあまりなく、更には最近ではもうただの女たらしとして名が通ってしまっているのでな。悲しいことに!A組限定でな!自分で言うのも悲しくなるが他ではまだ王子様通用してるからな!
こうまで言われてはどうにもならないと、俺の初恋の話を始めるとしようか。

「俺の初恋はね、ううん…5歳頃だったかな…」



*

 あれは保育所に通っていた位の頃。既に個性が発現していた俺はその効力を保育所中に遺憾なく発揮していた。
その頃の女の子達はマセている子が多かったのか、樹くんはわたしと結婚するの!いやわたしと!と取り合われる日々が続いていた。だが、しかしながら俺もまだまだ子供で。当時は女の子とのおままごとよりも同姓とヒーローごっこしてる方が好きだったんだ。なんなら女の子の事を煩わしくも思っていた。
 そんな中で俺に衝撃的な転機が訪れた。あれを初恋と呼ばずしてなんと呼ぶのかという出来事だった。

「はじめまして樹くん。ふふ、なあに、ぽうっとしちゃって。」

 女神が現れたのかと思った。同学年生の女の子とは全く違った。綺麗な長い髪、切れ長な瞳も包み込むような豊満な胸も全てが美しかった。その人は暫くうちに住むことになり、俺は毎日の友達とのヒーローごっこよりも彼女との時間を過ごすべく走って帰るようになった。
彼女の喜ぶ顔が見たいがために、時には花を摘んで帰ったし、時には俺のおやつも全部あげっちゃったりなんかして。
彼女がうちに来てから、毎日がすごく楽しかった。家に帰れば可愛い笑顔で迎えてくれて、一緒に寝てくれて。こんなに幸せなことはないと思っていた。
いやあ健気だね、健気だったよ俺は。とても。
 ところが、始まりがあれば終わりも必然的に訪れるもの。突然うちにやってきた彼女は、去る時もまた突然だったのだ。
どれだけ泣きすがって喚き散らしても、宥めすかされて場を納められてしまう。こんなに残酷なことがあって良いのか。俺は親を恨んだね。こんなにも好きで好きでたまらない彼女と何故引き裂かれなければならないのかと。

「おれっ、ほんとにねっ、きみが好きなんだ…!おれとけっこんしてよ!そしたらずっといっしょにいれるでしょ?おねがい…いっしょうのおねがいだよ」

泣きじゃくりながらの必死の告白だった。この身全てを擲ってでもこの人と一緒に居たいと思っていた。子供ながらに必死に訴えたものの、やはり子供の告白なんてそんなもの。

「嬉しいわ、そこまで言ってくれてありがとう樹くん。…でもね、私大人の男の人が好きなの。君がもっと大きくなったら考えてあげる。それまでに男の子として女の子の扱いを覚えておいてね。」

そう言って彼女は俺の頬にキスを落として背を向け出て行ってしまった。俺の人生初の好きな人からのキスだったと思う。
 それから俺は女の子と積極的に関わるようになったし、優しくするようになった。こうやってしていれば、大きくなったとき彼女が振り向いてくれるかもしれないと思っていたから。
でもいつからか流石に気づいたね。あれは体よく振られてるなって。そりゃあ大人の女性からしたら子供の全力の告白なんて戯れ言も同然だものな。
それでも構わなかった。彼女は俺の個性の扱い方を教えてくれたようなものだったから。


*


「…ってな感じ」
「…えっ、なに、フツーに初恋の話でビビったんだけど」

 ホラ、話したんだからちゅーして。って屈めば両頬に柔らかい感触。うーんほっぺか。まあ悪くないけど。
ふいに後ろ側から制服が引かれる。振り向けば微妙な顔をした焦凍。どうした?と覗きこむと先ほど期待した箇所に柔らかいものが。
教室が湧くわ湧くわ。たしなめるように小突くと聞き取れるか危うい声でまだその人の事が好きなのか。と。

「いや?言うじゃん初恋って実らんもんらしいし。さすがにとっくに諦めてるよ。」
「……そうか。初恋って実らないのか?」
「通説な!実るやつも居るだろうけど、んなもん一握りだからそう言われてんだろうし」
「………がんばる」
「うんうん、なにい?ていうかなんでちゅーしたの?しょーと?おい」

俺も俺も俺も葛城とちゅーすんの!葛城!いや樹!俺も!…はいはいはい電気くんは今日も元気ですねーーー!!!
無理矢理されるのは本意ではないので腰を抱き寄せて軽く唇を押し当ててやると、満足したのかウェッヘヘ!と気持ち悪く笑いながら自席に戻っていった。
アレッ、俺、女の子が好きって言ってるよね!?出来れば野郎じゃなくて女の子とちゅーしたいんだけど!?!と言えば、もう手遅れよ葛城ちゃん。と梅雨。ンなアホな。

「…お茶子、口直しさせて?」
「なァッ!?わわわわわたし!?なんでわたしなん!?」
「席が前後のよしみじゃん。ホラ、俺の唇浄化して?」

「葛城、不純異性交遊禁止だ。後で職員室来い。」

ゴンッと出席簿が容赦なく脳天に降り下ろされる。相変わらず相澤センセーってば容赦ないなあ。